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土地家屋調査士を取り巻く環境とそのあり方佐々木健氏 元日本土地家屋調査士会連合会理事 聞き手:反町勝夫 株式会社東京リーガルマインド代表取締役 わが国の公図は、明治時代に測量されたものがベースとなっており、いまだ現地の違いが非常に多い。このような土地家屋調査士を取り巻く環境および激動の時代を踏まえた土地家屋調査士のあるべき姿について、元日本土地家屋調査士会連合会理事・佐々木健氏にうかがった。 ■ 地図整備事業で期待される土地家屋調査士 国民の重要な財産である土地や建物の権利を保全するための表示の登記に必要な調査・測量・申請手続という社会的使命を担っている土地家屋調査士ですが、小泉内閣の時代に、都市再生の観点からも地籍整備の推進がなさるなど、土地家屋調査士を取り巻く環境が大きく変化してきています。その変化に関連して、何か課題など出てきているのでしょうか。 今、土地家屋調査士にとって特に問題となっているもののひとつは、土地が高度利用されている市街地など、一定の地域で広範囲において、登記所の公図と現地に対応する位置及び形状等が著しく相違している、地図混乱地域です。これにはいくつか要因が挙げられるのですが、私が特に大きな要因として考えているのが、昔の不動産ブームによる列島改造で、あらゆる土地が分譲された際、法定外公共物が含まれているにもかかわらず、これらを取り込んで宅地造成したり、全体の形状が現地と合致しないのに、その区画を従来の土地区画の中に無理やり入りあてはめるようなかたちでの分筆(※1)を行ったことです。このときの分筆が、本来であれば形状と位置を正確に表しているはずの公図を混乱させてしまったのです。その後行われた国土調査(※2)でも、その地図混乱地域は避けて行われたため、いまだに地図混乱地域が残っています。 土地家屋調査士は、その国土調査に関与しなかったのですか。 そもそも国土調査は、国土交通省の管轄で、今でこそ「国土を高度かつ合理的に利用するための基礎データを整備する」とともに、「地籍の明確化を図る」ことを目的として、国土調査の一環として地籍調査(※3)なども実施されるようになりましたが、開始当初は不動産登記法第17条地図(※4)(以下、法第17条地図/今の「法第14条地図」)をつくるという目的ではなかったため、土地家屋調査士は関与していませんでした。 国土調査は、当初、税務徴収の観点から行われたのですね。 そうです。それをいきなり、国土調査、地籍調査の成果を法17条地図に当てはめることにしてしまったのです。現在、地籍調査の結果は、登記所に送付され、不動産登記法第17条地図として備え付けられています。しかし、国土調査、地籍調査のものは、筆界未定箇所がかなりあり、その状態のままです。それに対して、われわれ土地家屋調査士が決めている筆界(※5)の未定箇所は0.2%ぐらいしかありません。土地家屋調査士は、国土調査でできないはずのものも全部やっているわけですが、それが十分に活かされていない趣があります。 それでは、日本では、豊臣秀吉による「太閤検地」以来、厳密な測量が行われていないのでしょうか。 いえ、江戸時代も明治時代にも行われていますが、今の公図は、明治時代に作られたものを下地にしたものがたくさん残って使われています。 それにしましても、土地総合情報ライブラリーをみると、公図と現況とではかなり違いますね。私人が所有する、売買される土地の場合は、登記に載っていますが、個人の売買に入らない土地、国や自治体が持っている土地はどうなのでしょうか。 国や自治体が新しく買収したもの以外は載っていません。 国や自治体が持っている土地については、「公示の制度」がないのですか。 ありません 公園など大きな土地はどうなのでしょうか。 もともと道水路については国が所有しているものです。その後、自治体に移管しましたが、表示登記をおこしていません。 国や自治体の土地に関して閲覧できるものはあるのですか。 国、自治体には、独自に使える一定の大きさのものは、持っています。しかし、小さなものについては持っていません。例えば田んぼと田んぼの段差のあるところなど、これはどこの土地か、所管はどこか、ということを自治体へいって調べた場合、「自分の土地ではなない」、「自治体の土地でなない」と確認できると、国の土地になります。したがって、小さなものについては、探すところがないですね。なのに突然、「二線引き畦畔は国有地」とする判決をもらった人は驚きでしょうね。本来であれば、全国各地の法務局(登記所)に正確な地図が備わっていなければならないのですが、必ずしもそうなっておらず、字界が重なったり、離れてしまったりという不接合などは珍しくありません。 ということは、土地総合情報ライブラリーに載っているものは、日本すべての土地ではないのですね 載っていても、昔の公図から拾ったものである可能性が高いと思われます。本来は、地番があってしかるべきで、どこの所管かということは、明確にしないといけないのですが。 そもそも、正確な地図を用意しておこうとする場合、常に現地を調査、測量して、メンテナンスしていかなければならないのですが、わが国においては、そのシステムが十分に機能してきたとは言えません。 日本の国土全体の地図というのはないのでしょうか。 ないですね。 外国はどうなのでしょうか。 例えば、ドイツでは、官製地図作成については、連邦と各州政府の測量局が分担しています。各州政府が製作の権限を持つことにより、国全体の官製地図の種類は膨大なものとなるようです。なお、地籍情報は連邦政府ではなく、各州の測量部局等で所管しているようです。分筆に関しては、申請をすると、調査し、測量機械を使って線をいれて面積を測るといったかたちのようです。 日本では、国の財産において、土地が最も手が入っていないものなのかもしれませんね。土地家屋調査士の仕事は、そういう意味では大変重要ですね。 まだまだ、私たちがなすべきことはたくさんあり、掘り起こしていく必要があると思っています。 ■ 経験の豊富さが成功のカギ 売買されている土地、登記された土地は国土の一部で、まだまだ開拓しなければならない、漏れている土地が膨大にありますね。土地家屋調査士の仕事も増える一方なのでは。 土地家屋調査士の先駆者、私達の先輩は、決まりきった仕事が潤沢にあり、しかも報酬額も法務大臣の許可をもらわなければ、決まらない厳しい状況にありましたが、その後、自分で仕事を掘り起こすことができるようになるところまで開拓してきました。しかし、最近開業する土地家屋調査士は、ハングリー精神というか、開拓していこうという気概が希薄に感じます。今ある仕事の上塗りでやっていけると考え、さらには金額面もうまく調整すれば仕事を取れる、さらには顧客になれば金額を上げられると思っているようではいけません。それは逆行しています。そのような気構えでは、逆に下げられてしまいます。 先生がおっしゃるような観点をもって、土地家屋調査士の業務全般を見られる人材がまだ少ないのでしょうか。 皆さん、さまざまな知識なりが書物で頭に入ってはいます。しかし、観念的にしか分かっていないところがあるのでしょう。私は、お世話になったボスを「追いつけ追い越せ」と、目標にやってきました。実際、売上においては追い越した時期もありました。しかし、それでも負けたと思っていたのは、私は書物でしか知らなかったことでも、ボスはそれを体験しているという点でした。実体験しているということは、非常に強みです。 当時、ボスは、見積り・請求・領収、すべて見せてくれました。そんなボスの指導を受けてきたので、開業にあたっては、全く怖くありませんでしたね。昔は徒弟制度だったので、そういった面はしっかりしていました。今はそのようなボス、指導者が、なかなかいないのかもしれません。 また、今の土地家屋調査士試験は、試験合格のために勉強をしてきた人が合格し、現場の補助者はなかなか受かりにくい傾向があります。試験に受かった人でも、その後、補助者として経験を積んで独立するのであればよいのですが、合格して資格を得たら、もう一人前だという考えでいる方が見受けられます。確かにライセンスの面では同等ですが、実務の現場にどっぷり身を置いたのと置いていないのとでは、その中身が全く違います 弁護士など法律・会計専門職では、一般的に、合格しても一定期間はどこかの事務所に入って実務経験を積みたいという方が多いのですが。私どもも、合格者向けに開業用の講座を開講しているほどです。 いえいえ、会でも支部でも新人向けの研修の機会はあるのですが、個人差が大きくて。土地家屋調査士として一定のキャリアを持った者として、後進育成を踏まえて諭しても、「先生は考えが古い」などという言葉が返ってくることもしばしばあります。せっかく視野を広められる非常に多くの情報網を持っていても、それを活かすことなく、目の前のことしか見えないような方が増えていることについては、憂いを感じます。 実務の現場で得られることは、書物の比ではないのにもったいないですね。先生は、どのようなことをきっかけに土地家屋調査士になられたのですか。 私はかつてゼネコンに勤めていたことがあるのですが、オイルショックの際に見切りをつけて辞め、カナダへ行きました。カナダでは、日本と違い、測量しているすぐ後ろで設計しており、測量でつまずくと全部つまずいてしまうという現場を目の当たりにしました。そのとき、測量の仕事をおもしろいと思い、土地家屋調査士の資格を受けました。 仕事をお辞めになったのはおいくつのころですか?お勤めされてから土地家屋調査士になられるというのは、非常にバイタリティーがありますね。 27歳くらいのころですね。私のボスは、勉強するのであればいくらでも本を買ってくれるという、大変親身になって面倒をみてくださった方でした。一番うれしかったのは、ボスが倒れたときに、「何かあったら佐々木に頼め」とボスが言ってくれたことです。 そんな佐々木先生が指導されれば、有望な調査士が育つでしょうね。 厳しく指導することもありますが、それも見込みがあればこそです。 地図整備のような事業こそ真の公益であり、歴史的にも、為政者の事業として豊臣秀吉による「太閤検地」などは今日まで名が残っています。美しい国土の基礎づくりのため、今後とも国民の一人として、土地家屋調査士の方々のご活躍を期待しております。本日はご多忙のところありがとうございました。 ※1 分筆:土地登記簿上、一筆の土地を分割して数筆の土地とすること。
※2 国土調査:国土調査は、国土調査法(昭和26年法律第180号)、国土調査促進特別措置法(昭和37年法律第143号)等に基づいて実施されており、国土の実態を科学的かつ総合的に調査することにより、国土を高度にかつ合理的に利用するための基礎データを整備するとともに、あわせて地籍の明確化を図ることを目的としている。国土調査は、地籍調査、土地分類調査及び水調査の3つの調査から構成されている。
※3 地籍調査:土地分類調査、水調査と並び、国土調査法に基づく「国土調査」のひとつであり、主に市町村が主体となって、一筆(★)ごとの土地の所有者、地番、地目を調査し、境界の位置と面積を測量するもの。「地籍」とは、「土地に関する戸籍」のこと。
★…土地の所有権等を公示するために、人為的に分けた区画のことをいう。登記所では、一筆ごとに登記がなされ、土地取引の単位となっている。 ※4 不動産登記法第17条地図:登記された各筆の土地についてその筆界線を地球楕円体面上に水平投影して図上に表示し、一筆地の位置および形状を明らかにし、登記簿の表題部に記載された事項とともに、権利の客体となる土地自体に関する公示機能を果たすことを目的とする。また、不動産登記法第17条(不動産登記法改正で地図に関する規定は第14条に移行)に規定する地図として登記所に備え付けられている図面。現地指示能力・現地復元能力を有し、これを作製するための測量は国家三角点等に基づいて行われ、各筆の筆界点の位置を求めるための基準点(図根点)は現地に設置され地図上にも表示される。したがって筆界点が図根点からの距離と方向によって、一定の精度で現地に復元することができるものとなっている。改正不動産登記法施行後(平成17年3月7日)は、「法第14条地図」に変わる。 ※5 筆界:登録された、番地の境。公法上の境界。 ≪ご経歴≫ 元日本土地家屋調査士会連合会理事 |