超高齢社会に有効な成年後見制度の充実を
西川 浩之氏 (静岡県司法書士会副会長/社団法人成年後見センター・リーガルサポート理事/日本成年後見法学会理事)
聞き手:反町勝夫 株式会社東京リーガルマインド代表取締役
司法書士として成年後見業務の第一線でご活躍され、現在、社団法人成年後見センター・リーガルサポート理事も務めている西川氏に、成年後見制度の現状および課題、司法書士がいかなる取り組みをしているかについてお話いただいた。
■ 一歩踏み込んで医療同意権を認める方向を視野に入れるべき
司法書士業務において、成年後見業務が拡がってきていると同時に課題も浮き彫りになってきているかと思います。具体的にはどのような課題があるのでしょうか?
各論の話になってしまいますが、まず、権限の問題があります。法律上、成年後見人にはできないことも、世の中から期待されています。とはいえ、それをできるようにするのが良いとも言えますし、そうではないとも言えます。例えば、医療行為の同意が挙げられます。検査や投薬等の比較的軽微なケースから、予防接種、眼球摘出の可否、下肢の切断等、非常に重い選択を迫られたものまで多岐にわたっていますが、医療行為の同意に関しては賛否両論あります。
被後見人の「医療を受ける権利」を保障することができないもどかしさがある一方で、生命の問題に関わる重い責任を負うことへの不安もあり、難しいですね。
そもそも医療行為の同意とは、本人の最善の利益を考えられるのは本人自身であり、本人が自らの判断で医療行為の諾否を決定することができるようにすべく、医師が、病状、および実施予定の医療行為とその内容、予想される危険性、代替可能な他の治療方法等を説明し、本人がその医療行為を受け容れ、生命や身体に対する危険を引き受ける決定をいいます。さらに、医療行為の同意は、個々の医療行為ごとに同意を必要とし、法律的に申しますと、本人の承諾が医療行為の違法性阻却の事由となります。本人から同意を得られればよいのですが、本人から同意が得られない場合には実務上は親族から同意を得ています。しかし、親族だからといって法律的に同意する権限があるとは言えず、後見人もまた然りです。現在、手術が必要になった際、保存的な治療に留めるのか、リスクはあるものの手術をするのかは、その方の人生なので、その方に決めていただくこととなっており、後見人に医療行為の同意権はないので、同意ができません。同意ができないということは、手術は行われず、保存的な治療しか行われません。手術をすれば治る可能性があるにもかかわらず、保存的な治療しかできなくて悪くなる一方ということになっては問題ではないかと思います。後見人の中には、リスクがあり、やりたくないという方もいらっしゃるとは思いますが、私は一歩踏み込んで同意権を認めるという方向を視野に入れても良いかと思います。もちろん、家族にも同意権を認めることも必要です。
後見人という制度は、後見人の財産保護の延長線からきています。本人さえ決めかねていることを他人がやるというのは非常に難しい問題ですね。
おっしゃる通りです。私のこれまでの経験の中でそのように難しい局面に立たされたのは、食べ物を口から摂取することができなくなった方に胃瘻(いろう)を造設するという案件が発生したときです。胃瘻を造設することによって体力が回復し、また口から食べ物を摂取することができるかもしれないものの、その確率は必ずしも高くはない。例えば今、私が同じ状態になって「胃瘻を増設するか」と聞かれたら考えてしまいます。私がどちらを選択するかは、私自身だけではなく、家族の今後にもかかわってきますので、なかなか決められません。このように、本人が決めかねてしまうようなこともあるため、単純に後見人に同意権を与えればよいという問題ではありません。
親族に同意権を与えるにしても、親族の範囲や、その親族の同意は過半数にするか否かなど、検討課題は山積みです。
なぜ同意を求めるかという点について、医療サイドと法律サイドとでは、思惑が異なるところが多々あります。したがって、困難な道になると思いますが、整備を進めていく必要があります。
■ 有効な虐待防止の手段である成年後見制度
成年後見制度の課題としてほかに、どのようなものが挙げられるでしょうか。
高齢者の虐待の問題があります。近年、わが国は超高齢社会となり、高齢者を取り巻くさまざまな問題が顕著になっています。中でも、高齢者虐待問題は年々社会的に大きな問題となっています。「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」(以下、高齢者虐待防止法)という、高齢者への虐待が深刻な状況にあることを憂慮して制定された法律があるのですが、この法律は、虐待の定義をしたという点において画期的な法律です。しかし、施行から3年が過ぎ、見直しの時期がきています。
高齢者虐待防止法では、虐待をどのように定義しているのでしょうか。
高齢者虐待は、(1)身体的虐待のほか、(2)介護・世話の放棄・放任、(3)心理的虐待、(4)性的虐待、(5)経済的虐待の5つに分けられています。経済的虐待とは、子どもが親の年金が入る通帳を持っていってしまうというのがこれに該当し、近年は、親族が施設に入所させて、通帳を持っていってしまい、施設利用料を支払うことができず施設が困っているということが起きています。
そのような経済的虐待の場合、高齢者虐待防止法によって取り返すことができないのでしょうか。
高齢者虐待防止法はそこまで対応できませんので、老人福祉法などを使って是正するにとどまります。虐待の場合は、成年後見人を付ければ防ぎやすいケースが多々あります。したがって、成年後見制度を有効な虐待防止の手段として、もっと積極的に活用いただきたいと思います。
司法書士の業務も拡がっていきますね。
100年以上の伝統を持つ登記制度と異なり、成年後見制度は新しい分、現場の人間の意見が、わりとすぐに取り上げられることが多々あります。多くの政治家の方や学者の方が、改善に向けて、現場の意見を聞き、動いてくださることから、運用方法を適宜改善していくことができ、非常にやりがいがあります。
西川先生には、今後も成年後見制度の発展のためにご活躍いただきたいと思います。本日はありがとうございました。
≪ご経歴≫
静岡県司法書士会副会長/社団法人成年後見センター・リーガルサポート理事/日本成年後見法学会理事
西川 浩之(にしかわ ひろゆき)
1988年中央大学法学部卒業。1990年司法書士試験合格。1993年司法書士登録。2003年「簡裁訴訟代理関係業務」認定。2005年静岡県司法書士会副会長(現職)。同年静岡県司法書士政治連盟副会長。2007年社団法人成年後見センター・リーガルサポート理事(現職)。同年同静岡支部幹事(現職)。同年日本成年後見法学会理事(現職)。同年静岡県公共委託登記司法書士協会副理事長。そのほか、成年後見人等養成講座講師、日本社会福祉士会成年後見人養成研修講師などを務める。主な著書に『解説商業登記書式』(住宅新報社)、『司法書士になれる本』(KKロングセラーズ)、『任意後見実務マニュアル』(共著/新日本法規出版)など。