ニッポンのサムライ
マネジメントフロンティア
中地宏の会計講座
内部統制報告制度へ取り組む視点について

1.マネジメント・オーバーライド

不正な財務報告としては、資産や収益の過大表示をはじめ、会社を経済的に健全であるかのように見せかけるものがあり、その手口としては、1.架空収益、2.計上時期の操作、3.不適切な資産評価、4.負債や費用の隠蔽、5.不適切な情報開示などが挙げられる。※1

不正の主体としては、経営者と従業員が考えられるが、とりわけ、経営者による不正は、企業の存亡を危うくするような、財務諸表の重要な虚偽記載を伴う重大な不正につながることがある。単に、収益の認識の仕方の問題のみならず、経営者による内部統制の無効化や、内部統制の有効性が問題とされたり、重要な欠陥などにより、不正な財務報告に至るケースもある。

企業は内部統制の整備、運用を行っているが、そもそも内部統制は万能ではなく、実施基準※2で述べられているように、下記の4つの限界がある。

  1. 内部統制は、判断の誤り、不注意、複数の担当者による共謀によって有効に機能しなくなる場合がある。
  2. 内部統制は、当初想定していなかった組織内外の環境の変化や非定型的な取引等には、必ずしも対応していない場合がある。
  3. 内部統制の整備及び運用に際しては、費用と便益との比較衡量が求められる。
  4. 経営者が不当な目的の為に内部統制を無視ないし無効ならしめることがある。

上記の限界の中で4がマネジメント・オーバーライドと呼ばれるものである。マネジメント・オーバーライド(management override)とは、経営者が不当な目的のために内部統制を無視ないし、無効にならしめることをいう。つまり、社長や部長など権限を有する管理職によって、誰のチェックも受けずに独断専行で行われる不正のことを指し、内部統制において最も大きいリスクなのである。

2.不正のトライアングル

内部統制には限界があるため、不正の発生を完全に排除することは難しいが、不正リスクを低減することに役立つものである。不正な財務報告のみならず、不祥事がひとたび起これば、信用・ブランドの毀損となり、著しいコーポレート・レピュテーションの低下をはじめ、経営トップの辞任、取引停止などの取引からの排除、損害賠償責任、そして最悪の場合は、会社の消滅と企業は、大きなリスクを被ることになる。

不正は、不正のトライアングル(資料1参照)に示されている3つの要因が合重なることにより、発生する可能性がより高まる。しかし、内部統制における統制活動、リスクの評価と対応、モニタリングを適切に行うことにより、不正を防止・発見する可能性を高めることができる。特に、不正リスクを低減する活動の一環として、内部統制を強化することで、不正のトライアングルとも呼ばれる不正の3要因である動機、機会、正当化のうち、機会を制限することができる。

この不正の機会とは、内部統制が存在しない場合や、不十分なものである場合に不正を行うことができる環境がある状況をいう。例えば、適切な職務分離の設計がなく、重要な業務を一人が兼務し、第三者による必要なチェックが行われないため、不正を行う機会が存在する状況などである。

【資料1:不正行為を引き起こす3つの要因】

資料1:不正行為を引き起こす3つの要因

3.予防的統制と発見的統制−コントロール・バランス−

不正防止のために、いかなるものにも統制をかけるのは、逆に内部統制が目指している業務の効率化に反する。したがって、企業活動全体を鳥瞰しながら、何が重要なリスクなのか、またそのリスクがどこにあるのかをよく見極め、各統制のバランスを考慮しながら統制を構築していかねばならない。そして、全体として統制が効くように構築されているかどうか評価することが大切である。つまり、リスクと内部統制のバランスを取ることが重要であり、リスクとの兼ね合いで合理的で妥当な内部統制を実現することが大切なのである。このような統制には、予防的統制と発見的統制がある。

まず、予防的統制とは、潜在的なリスクを予見して統制をかけ、好ましくない事象の発見を遅らせたり防止したりする統制である。一方、発見的統制とは、顕在化したリスク、例えば、不正や誤謬などを適時適切に是正する統制活動を重視している。すなわち、統制活動を問題が発生する前に行うのか、事後的に認識して対応するのかによって分けられる。いずれの統制も効果的な内部統制を構築する上では不可欠である。発見的統制よりは予防的統制によって、リスクの発生が防止されることが望ましい。

【資料2:内部統制と不正リスクとの関係】

内部統制と不正リスクとの関係

4. 不正防止にかかわる内部統制

実施基準では、内部統制の整備状況の有効性の評価において、

  1. 内部統制は、不正または誤謬を防止または適時に発見できるように適切に実施されているか
  2. 適切な職務の分掌が導入されているか
  3. 内部統制によって発見された不正または誤謬に適時に対処する手続が設定されているか

などの留意事項を示している。つまり、内部統制構築時に、内部牽制が設計されているか確認し、その統制の目的がどのようなものかを理解し、さらに予防の趣旨を理解し、内部牽制が設計されているのか考慮することが望まれている。しかし、いくら内部牽制を設計して内部統制を構築、整備したとしても、誤った運用をしたのでは全く意味がなく、理解して運用することが大切である。

そうした中で不正の要因を抑止するには、内部統制の基盤となる統制環境が鍵を握る。統制環境とは、組織の気風を決定し、組織内のすべての者の統制に対する意識に影響を与えるものである。

内部統制は組織内のすべての構成員によって遂行されるプロセスであり、統制環境を創り、当該組織の構成員の統制に対する意識に影響を与えるものが、経営者の意向および姿勢であり、トップの正しい姿勢(tone at the top)が、まさに問われている。

実施基準において監査人は、内部統制監査の実施において不正又は法令に違反する重大な事実を発見した場合には、経営者、取締役会および監査役または監査委員会に報告して適切な対応を求めるとともに、内部統制の有効性に及ぼす影響の程度についても評価しなければならないとされている。つまり、不正などの経営社等への報告を求めているのである。

不正対応も含めた視点で、内部統制を整備・運用することが望まれるが、過度な統制になり業務が萎縮することがないように、その加減を考慮することも決して忘れてはならない。こうした企業の業務は手作業だけではなく、ITを利用して自動化された業務もあり、ITと内部統制はつながりを持っている。そこで次回は、IT統制の視点から内部統制を捉えてみたい。

※1 ACFE(米国の公認不正検査士協会)の調査研究である“ Report to the Nation on Occupational Fraud & Abuse 2006”によれば、財務諸表不正手口において、一事件で複数の手口が用いられ、損失額の中央値は200万ドルであったとの調査結果があり、損害の大きさが伺える。

※2 金融庁 企業会計審議会内部統制部会(2007)「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の設定について(意見書)」


森田 弥生 氏

森田弥生(もりた やよい)

公認内部監査人(CIA)/公認不正検査士(CFE)/法学修士

2000年中央大学大学院法学研究科卒業。新日本監査法人にて大手企業における SOX法対応および金融商品取引法対応に従事。 経済産業省委託調査「情報セキュリティ市場調査」WGメンバー(2007年〜現在)。 著書・論文に『内部統制の要点Q&A構築・評価・監査の実務』(金融財政事情研究会・2007)、「会社法務A2Z 特集 経営者による内部統制の評価」(第一法規株式会社・ 2008)他。「日本版SOXへ挑め! −内部統制活用術−」(六本木ヒルズ・ライブラリートーク講演2008)他。

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