ニッポンのサムライ
マネジメントフロンティア
中地宏の会計講座
公共事業経営のベスト・プラクティス

2006年9月から連載をはじめ、今まで8回に渡って官製市場開放についての世界的な動向について説明してきた。最終回の今回は、行政改革と民間ノウハウ活用関連施策の観点からわが国の官製市場開放が抱える課題を探り、その課題解決方法を示すことで締めくくりたいと思う。

わが国の財政状況と行政改革の必要性

わが国の国と地方自治体を合わせた累積債務は増え続けており、平成19年度のわが国の累積債務は財務省によるとGDPの約160%である。これは、健全な財政状態であることを判断するEU基準(政府債務残高はGDPの60%以下であることを通貨統合参加基準としている)の2.7倍であり、先進国中とび抜けて高い状態にある。このような厳しい財政状況においては、国家の財政破綻を避けるために、国・地方自治体の双方が本気になった行政改革の遂行が求められている。従来の業務をただ改善するだけでは不十分であり、第1回で説明したように官民協働の業務改革が必要となる。

わが国における官製市場開放施策の動向

このような行政改革の必要性に対応して、第2回で説明したような行政運営管理の仕組みがわが国でも推進されている。この行財政改革は、平成12年に出された行政改革大綱から始まり、現在は、平成17年の「行政改革の重要方針」および翌年の「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」に基づき、さまざまな手法によって公共サービスの再編整理・廃止・統合が行われている。国は(1)成長力・競争力強化、(2)財政健全化、(3)安全・安心で柔軟かつ多様な社会の実現という3つの優先課題を設定して、市場化テストやPFI手法を用いた行政改革を進めている。また、地方自治体も、同方針に基いて総務省が策定した「新地方行政改革指針」、「地方行革新指針」に従い、改革の具体的な手段として、民間委託の推進、指定管理者制度の活用、PFI手法の活用、地方独立行政法人制度の活用、市場化テストの活用等のニュー・パブリック・マネジメント(NPM)手法を活用しながら公共サービスの再編整理・廃止・統合を行っている。

資料1

わが国が抱える行政改革上の課題

ところが、このように多くの行政改革の手段や手法は示されているものの、行政改革手法の選び方や活用上の留意点等が示されていない。例えば、資料1に示すように、公の施設の整備を行う場合には、指定管理者制度とPFI手法が活用可能である。ところが、指定管理者制度活用の際に業務プロセスの見直しがなされていなかったり、PFIを導入する際にもサービスの品質を評価する基準が示されていなかったりする事例が散見される。 そこでわが国におけるNPM手法を選択する場合の課題について以下に整理してみた。

ア) 多すぎる改革手法の選択肢についての課題

このように、指定管理者が適用可能な案件だけでも膨大な数があるのに加えて、それぞれの施設に活用可能なNPM手法の組み合わせは、資料2で示したように、1件ごとに31通りの可能性があることが分かる。

資料2

大和証券のコマーシャルで用いられている行動経済学者E・シャフィール博士の「現状維持の法則」と「決定回避の法則」からも分かるように、人は魅力的な選択肢が多数あると、決定麻痺という状態になり、既に知っているものを選ぶか何も選ばないことを選ぶかのどちらかになるという。分かりやすく言うと「ま、いいか、いつもので」という現状維持の法則と「ま、いいか、今決めなくても」という決定回避の法則に従うらしい。 新聞記事でしばしば、PFI事業を取りやめて指定管理者制度や従来型で施設整備することが決定された事例を目にする。導入可能性調査の結果、バリューが生まれないことが分かったからだというが、なぜバリューが生まれないという結果になったのかについての明確な根拠が示されておらず、どうも現状維持の法則や決定回避の法則が適用されている可能性がある。

イ) 根拠の無い導入可能性調査についての課題

BPOやITOおよびPFI手法の導入段階では、コンサルタントを使ってバリューフォーマネー(VFM)が出る可能性があるかどうかを評価しているが、このうち、PFI手法選定時の根拠が明白になっていないことが分かった。 今年2月に公表された「PFIアニュアルレポート(平成18年度)」には、PFI手法導入の判断基準となるVFMの算定は、「PFI方式で実施した場合に一定の比率で各費用の削減が見られるものと想定する方式」が用いられているケースが調査対象の85%を占めており、本来検討すべきプロセスや業務分担の見直しによる改善などを検討してという事例が見当たらない。このような結果を見ると、前述のPFI手法を取りやめた例も、同様である可能性が高い。

ウ) 要求を明確にしないまま民間事業者に提案させることについての課題

民間にできることは民間に任せるという指針を鵜呑みにして、実際にどのような要求が必要なのかを民間に示さないまま官が民間に任していることに対して民間も困っているという事例が実際にある※1。要求水準が明確でなければ、事業者は価格競争に勝つために、品質を下げてコストを下げる手法を取る可能性が高い。また、民間に自由に提案させると、民間事業者の提案は必要な公共サービスよりも今まで官が実施していなかったサービスを新たに提案する傾向が強く、結果として行政コストを増加させかねないことが市場化テストの民間提案の事例から見てとれるので留意する必要がある。

エ) 発注者の入札条項が事業者の事業参画意欲を低下させることの課題

発注者が定める談合防止条項が合理的でないために、事業者が事業参画意欲を低下させ、競争が成り立たない事例もみられる※2。例えば、違約金には「当該事業で談合等の不正を働いた場合の違約金(当該事業談合ペナルティ)」と「当該事業に関係なく、事業者事由により契約締結できなかった場合の違約金(一般契約不成立ペナルティ)」が設定されている。前者は事業者の責任で管理できるが、後者は、もし当該事業と関係のない分野で協力会社が違法行為を起こしたときにも発動するペナルティならば、承認できないことは明らかである。このような条件を事業者の役員会が承認し、事業者に直接関係のない原因でペナルティの発動があったならば、株主訴訟にもなりかねない。また、このように事業者に厳しい反面、「実際に、首長交代や、議会の承認が得られない為に契約締結できなかった例が過去にあった」にもかかわらず、発注者側の理由で契約締結できなかった場合の違約金が示されていないなど、公平性の観点からも問題がある。発注者は、事業者の立場からも合理的な条件を設定することを考慮する必要がある。

課題解決方法

このような課題を解決するためには、民間企業がBPRによって業務改革を行う場合に利用する手法を活用することができる。次の通りに5つのステップに分けてその手順を説明しよう。

ステップ1:事業のあり方についての検討

民間事業者に提案を求めるのであれば、官がまずしなければならないことは、現状の把握であり、今後の事業のあり方についての検討である。ミッション・目的・目標を明らかにした上で、実際の業務の現状を分析し、それらを突合して、理想と現実のキャップを含めた実態を把握する。ミッション・目的・目標の明確化には、ミッション・ピラミッド分析を用いる。そして、実際の業務の現状把握にはヒアリング、機能構成図(DMM)、機能別就業時間分析、コスト分析、内部および外部の事業環境分析をした上でSWOT分析によって事業のあり方を検討する。この事業のあり方検討では、公共サービスの品質を維持もしくは向上させながら、コスト削減する可能性の検討を行う。第3回で説明した公共調達のパラダイムシフトには、このような分析が不可欠である。

ステップ2:実施方針の策定

次に、事業のあり方の検討に基づいて実施方針を策定する。官民の業務分担に基づいて機能構成図(DMM)の再認識を行い、民間ノウハウの活用意図を提示する。そして、業務分担やリスク分担に則して適切な事業手法や事業期間の検討を行う。民の意見を取り入れながら、導入から運営段階までの理想的な運営計画に則して事業者選定方針および選定方針に基づいた仕様書の策定方針の検討を行う。

ステップ3:事業枠組み(仕様書およびサービスレベルアグリーメント(SLA)の整理

民間ノウハウを適切に活用するためには、第4回で説明したアウトプット仕様による発注をすることが有効である。機能構成図(DMM)、機能情報関連図(DFD)、業務流れ図(DFA)等を用いて業務の機能、容量、フロー等の適切なサービスレベルを設定し、そのサービスのモニタリングの仕方(評価ルール)、支払いメカニズム(対応方法)、運営ルール(見直し手続き)等の必要な情報を提示し、理想的な事業提案が提示された場合に高い評価が得られるように評価基準の設定を行う。契約の検討を行うのもこの段階である。

ステップ4:入札、選定、契約

民間に提示した事業枠組みに改善の余地がある場合には、事業者との対話に基づいて改善する。民間事業者は事業提案の検討と契約条件の改善を並行して行う。改善対象は、仕様書、評価基準、契約内容等に及んでもかまわない。民間ノウハウが活用されて、VFMの最適化競争が働くように仕様書を調整・確定した上で入札を行う。事業者提案は、要求部分に対する評価と、任意の提案内容の評価および提案を起因としたリスク変動に対する評価を組み合わせて、客観的で合理性のある評価によって事業者を選定する。そして、提案内容に応じて必要な契約条項を追加した上で契約締結する。このような官民のリスク配分に関連する考え方は第5回から第8回にかけて詳細に述べた。

ステップ5:事業者管理

最後は、事業者のサービス遂行に関するモニタリング(サービス業績評価)と、モニタリング結果の支払いへの反映の管理である。この段階では、契約期間中の契約内容変更合意手順に応じて事業者の業務遂行手段を見直したり、必要に応じて契約内容を変更した上で運営を継続したりするなどの対応が必要となる。

総括と謝辞:

ここで説明した5つのステップの作業は、BPO&ITO、市場化テスト、指定管理者制度、PFI、地方独立行政法人化等のどの手法を使う場合にも役立つものであり、官が主体的に実施しなければならない作業である。
行政改革やPFIの指針に「民間のノウハウを活用するために、民に任せられるものは民に任せて効率を高めること」と書かれているからといって、単に民に任せさえすれば事業が成功するはずもないことは新銀行東京の失敗からも明らかである。民に任せる部分と任せられない部分は官が提示しなければならず、そうでなければ民のノウハウが適切に活用できるはずがない。官製市場の開放に際しては、事業契約の締結という行為をとることによって派生する契約遂行後の結果の不確実性(リスク)をどのようにして官民が分担するかの決定が成功を左右する最重要事項であり、事業の検討段階でこれらを十分に検討することが税金の使い方を任された官の職務であることを念頭に置く必要がある。このような検討なしに民間に自由に提案させることは、官が客観的に評価できないことを証明しているようなものであり、事業者の事業参画意欲を下げることにもつながる。
一方、このような作業が発注者側で適切に行われていれば、事業者は安心して企業リスクをとった上で、契約し、官民が適度な緊張感を保持できるようなパートナーシップの関係を構築することができるはずだ。
本稿は、このような理想的な仕組みの構築を支援する観点から記載したものであり、海外情報を中心にわが国の官製市場の開放に役立ちそうなトピック情報を勝手気ままに書いてきた。そのため、全体構成の網羅性に欠けていることは否めない。ただ、最後にわが国の官製市場の課題とその解決方法に触れて今までの総括をすることができたのは幸いである。本連載をお読みいただいた方々に感謝しつつ、以上をもって筆をおくことにする。

(了)



※1 民間も困っている事例:
指定管理者制度―文化的公共性を支えるのは誰か 小林真理編著 第6章 図書館の立場から指定管理者制度を問い直す p91 熊谷弘志 2006年7月 時事通信社

※2 日刊建設工業新聞
談合問題に起因する過大な事業者リスク負担で成り立たなくなるPFI事業 2007年3月7日 所論緒論 熊谷弘志


熊谷 弘志氏

熊谷 弘志(くまがえ ひろし)

アビームコンサルティング株式会社 社会基盤サービス統括事業部 ディレクター

1959年福岡県生まれ横浜市在住。1984年青山学院大学経営学部卒業。1991年スペインESADE大学院国際経営修士(MIM)取得。外資監査法人系アドバイザリーファームを経て現職。著書に『脱「日本版PFI」のススメ』(相模書房・2007)『指定管理者制度−文化的公共性を支えるのは誰か』(共著/時事通信出版局・2006)、『公的組織の経営改善ハンドブック』(共著/中央経済社・2008)論文多数。英国大使館主催PFIセミナー講師、慶應義塾大学大学院特別招聘講師(非常勤)。2006年度内閣府PFI総合評価検討委員会委員、2007年度自治体PFI推進センター専門委員、日刊建設工業新聞コラムニスト、公益事業学会会員、三田図書館・情報学会会員、OBAIESEC 理事。

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