ニッポンのサムライ
マネジメントフロンティア
中地宏の会計講座
PFI事業におけるリスク管理とは

リスク・シリーズの1回目はリスクの一般概念を、2回目はPFI事業のリスクの考え方について説明した。3回目の今回から、リスクの要素に対する管理の仕方(リスク管理)について説明しよう。

前回までに、リスクは、事業から生まれる不確実性であって、ポジティブな利益にも、ネガティブなコストにもつながるということを説明した。リスク管理とは、そのようなリスクの概念に基づいて行われるものだ。

また、PFI事業は、施設の耐用年数にわたって長期的に行われるため、リスク管理も特定の時期に行うものではなく、事業のライフサイクルにわたって行われる作業である。

具体的なリスク管理の作業内容を説明する前に、まず、リスク分析を行うことによって最終的にどのようなデータを得たいのかについての前提を設定した上で、そのデータが、プロジェクトライフサイクルでどのように発生し、または、変動するかについて考えてみよう。

最終的なリスク分担の姿をイメージする

リスク分析は、最終的なリスク分担の姿をイメージして、リスク分類する作業からスタートする。そのため、この方法によって、リスクの洗い出しを行う段階から、リスクには、契約で締結したものと、それ以外のものがあり、どのような事象がコストにつながるのかを考えながら、リスク配分することが重要である。

まず、公共セクターのリスク分析であるということを前提において、最終的なリスク分担のイメージとして、PFI事業という官民の長期的なパートナーシップにおいて「発注者がとるリスク」を考えてみよう。

発注者リスクの特性による分類

資料1で示した発注者リスクは、金融機関が評価するプロジェクトのリスク(Project Risk)に比べて、範囲が狭い。金融機関は民間に移転されたリスクも評価するからだ。

発注者リスクは、その特性によって4分類もしくは5分類に分類することが出来る。

発注者が取るリスクの最も重要なものは、(1)「契約によって明確に発注者が取ると決められたもの」である。それ以外に公共が取らなければならないリスクとして計画完成遅延リスク等の(2)事業契約に至る前に発生するため「契約の実効では解決することが出来ない問題から生じるリスク」や、(3)「長期的なサービス提供のプロジェクトにおける政府にとって、特有のリスク」、(4)「締結された契約の変更に伴うリスク」の合計4つがある。あるいは、その4種類のうちの3番目のリスクを「民間に契約上配分されたリスクのうち、政府に残ったリスク部分(移転不可能部分)」と「公共セクターの管理が非効率的であることによる政府にとってのリスク」の二つに再分類して5種類のリスクとして分類することも可能である。

[資料1]

資料1

事業進捗段階ごとのリスク分類

次に、事業の進捗段階ごとに、どのようなリスクが存在しているか整理してみよう。

NAO(英国監査局)が2006年5月に公表したPFI事業実施評価のためのフレームワーク(A Framework for evaluating the implementation of Private Finance Initiative Projects) では、事業を時系列的に(1)戦略分析段階、(2)入札段階、(3)契約合意段階、(4)運営前導入段階、(5)運営初期段階、(6)運営成熟段階 ― の6つの進捗段階に分け、(イ)事業と要求の適合度合い、(ロ)適切なサービス提供機能の有無、(ハ)利害関係者の支援の有無、(ニ)適切な品質管理機能の有無、(ホ)コスト・品質・柔軟性のバランスの最適性、(ヘ)効果的なリスク配分とリスク管理の有無 − の6分野でVFMを分析している。この36マトリックスの中において87項目のVFMが生じる要素が示されており、この中にリスクに関しては6マトリックス、13項目でVFMを生み出す要素が含まれている。

[資料2]プロジェクトライフサイクルにおけるVFM要素

  (1)戦略分析段階 (2)入札段階 (3)契約合意段階 (4)運営前導入段階 (5)初期運営段階 (6)運営成熟段階
(イ)事業と要求の適合度合い (1)(イ) (2)(イ) (3)(イ) (4)(イ) (5)(イ) (6)(イ)
(ロ)適切なサービス提供機能の有無 (1)(ロ) (2)(ロ) (3)(ロ) (4)(ロ) (5)(ロ) (6)(ロ)
(ハ)利害関係者の支援の有無 (1)(ハ) (2)(ハ) (3)(ハ) (4)(ハ) (5)(ハ) (6)(ハ)
(ニ)適切な品質管理機能の有無 (1)(ニ) (2)(ニ) (3)(ニ) (4)(ニ) (5)(ニ) (6)(ニ)
(ホ)コスト・品質・柔軟性のバランスの最適性 (1)(ホ) (2)(ホ) (3)(ホ) (4)(ホ) (5)(ホ) (6)(ホ)
(ヘ)効果的なリスク配分とリスク管理の有無 i)発注者は十分なリスク分析を行ったか
ii)発注者は調達リスクを管理できているか
iii)契約書案において民間に適切にリスク移転がなされているか
iv)調達リスクは、明確に認識されており、リスク管理手続きが取られているか
v)最終的に合意したリスク移転は適切なものか
vi)発注者は契約が有効になった時に利用するリスク管理計画を有しているか
vii)リスク緩和手続きが適切に機能しているか
viii)リスク配分は運営上継続可能か
ix)契約変更に関してのリスクはオリジナルのリスクと変わっていないか。
x)発注者のリスク管理手続きは見直され、変動環境に合わせて機能しているか
xi)リスク移転は最適であるか
xii)発注者のリスク管理手続きは見直され、変動環境に合わせて機能しているか
xiii)残存価値の取り扱いは、民間リスク移転のオリジナルと変わっていないか

このように、公共のリスクがPFI事業のライフステージにおいて、どのようなかたちで現れてくるかを理解しておくことは重要であるが、この表だけでは、一体適切な対応の仕方がどのようなものであるかは分からない。リスク分析とは、このような将来の不確実性に対してどのように対応するかを事前に分析する作業の流れだからである。

リスク分析の流れ

リスク分析において、結果的に得られるものとして、リスク分担の星取表や、リスク移転コストの定量化を上げることができるが、これらを策定する作業を含んだリスク分析業務の全体の流れは資料3のように、5のステップに分類することが出来る。

[資料3]

1. 事業全体のリスクの洗い出し

まず、官民の業務配分を決定する前に、事業全体のリスクを洗い出し、リスクが影響を及ぼす要素についても洗い出しておく。このとき、リスクの発生確率や影響度にかかわらず、考えられるリスクをすべて拾い出す。ただし、この洗い出しの作業を行う際には、包括的に“ダブりなく、漏れなく”(MECE:Mutually Exclusive Collectively Exhaustiveの略)、リスクを洗い出すことが重要である。抽象的な概念を使ったり、隔離的な条件設定をしたりするとリスク分析の経験者でも、包括的な分析が出来ないことがあるので気をつけよう。

包括的なリスク分析を行う手法の事例として一般的なのは、事業進捗ごとにリスクを分析する方法である。前述のように、事業進捗段階は、(1)戦略分析段階、(2)入札段階、(3)契約締結段階、(4)運営前の導入段階段階、(5)運営初期段階、(6)運営成熟段階の6段階に分けることが可能である。ただし、最初の3つの段階のリスクは、契約書には記載されないが、さまざまなプロセスリスクを含んでいるので注意する必要がある。

ここでは、具体的に契約の中に組み込むことができる(4)から(6)までの段階に発生するリスクを考えてみる。これ以外にも考えられるかもしれないが、重要なリスクとして、次の10種類のリスクを挙げてみた。

1) 現場リスク
2) 設計、建設、試運転リスク
3) 出資者および資金調達リスク
4) 運営リスク
5) 市場リスク
6) ネットワーク及びインターフェースリスク
7) 産業関連リスク
8) 法令変更及び政府方針変更リスク
9) 不可抗力リスク
10) 資産所有リスク

2. リスクの対応方法の検討と対応コストの見積もり

次に、リスクの対処方法を検討する。この段階で、対処方法を検討するのは、業務を民間に委託するかどうかを決定する前に、対処方法を検討することによって、公共の経営資源で最適な解決方法が可能かどうかを探るためである。また、既存のリスク分析作業から、自分のリスクでないものはコストとして評価しない傾向があるので、誰がリスクを取るかを決める前に、リスク・コストを算定することによってこの課題を解決することができるようになる。

既存のわが国のPFI事業のリスク分析を見ると、過去のデータにこだわりすぎており、データがないから分析できないという言い訳をしているケースが見当たるが、リスクは、その発生する可能性または確率と、発生した場合の影響の積によって算定することが可能であるということを念頭において作業を行うことが重要である。

3. 官民のリスク分担

リスク分担を行う前に、事業の現状分析、戦略再定義とPFI導入の意義や目的を明確化しておく必要がある。それは、PFI導入の意義を明確にすることで、業務分担、リスク分担の基本的な考え方が決まるからである。ただし、運営を委託することでバリューが生まれる可能性があるとしても、リスクを過度に移転させると、民間事業者の参入意欲の低下や事業破綻リスクの増大等を招くので注意が必要だ。

この業務分担では、民間にリスクを移転することでVFMが向上する業務のみを民間に委託することでVFMが最大化できるという考え方を念頭においておくことが重要である。民間にリスクを移転するのは、それによりバリューが生まれる可能性があるからであり、VFMを生み出さない形で従来の公共リスクを民間に移転するとVFMの低下につながることは明らかである。

4. リスク緩和策等の調整による最善のリスク分担の模索

一旦、リスク分担を行った後で、必要に応じて官民それぞれのリスク負担者のためにリスクの発生可能性や、リスク発生後の影響を緩和したりするための方策を検討する。この調整により、理想的なリスク分担の状態にすることができる。

5. モニタリングおよび見直し

事業の進捗状況や、環境の変化に応じて、既に認識されているリスク及び新しいリスクをモニタリングし見直しを行う。そして、新しいリスクの評価を行い、配分し、緩和しモニタリングする。このプロセスが事業期間にわたって継続される。

さて、以上が、リスク要素に対しての管理の仕方の概要である。次回から、具体的リスク分析作業についての話を始めよう。


熊谷 弘志氏

熊谷 弘志(くまがえ ひろし)

スペインESADE大学院国際経営修士(MIM)。英国で1998年よりPFI事業に従事。

2000年帰国後、監査法人系アドバイザリーファームを経て現職。著書に『脱「日本版PFI」のススメ』(日刊建設工業新聞社、2007)、『指定管理者制度−文化的公共性を支えるのは誰か』(共著/時事通信出版局・2006)、論文多数。
英国大使館主催PFIセミナー講師、慶應義塾大学大学院特別招聘講師(非常勤)。平成18年度内閣府PFI総合評価検討委員会委員、平成19年度自治体PFI推進センター専門家委員会委員、日刊建設工業新聞コラムニスト、公益事業学会会員、三田図書館・情報学会会員、OBAIESEC 理事。

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