ニッポンのサムライ
マネジメントフロンティア
中地宏の会計講座
公共リスクとリスク移転とは

リスクシリーズの第1回目では、リスクおよびリスク管理の概念を述べたので、第2回目の今回は、PFI事業のリスクの考え方について説明しよう。

PFI事業のリスクとは

PFI事業でVFMを生み出す源泉は、従来の公共リスクを民間に移転することにあると言われる。前回「リスクとは何らかの行動もしくは行事の結果の不確実性」であると定義した。したがって、前文の意味をもっと具体的に説明すると次のようになる。

PFI事業におけるVFMは、民間に施設の管理を結果責任をとらせるかたちで任せることによって、従来公共施設整備において公共が取っていた「施設を整備した結果生じたその施設が将来も不具合を持たないまま機能するかどうかの不確実性」をなくし、結果的に“より満足の高い状態”を“最適なコストで達成すること”から生まれる。

理想的な長期的施設保持の状態

それでは、まず、PFIであるなしにかかわらず、施設を長期的に維持するにおいて、最も理想的な状態とはどのようなものであろうか。それは、施設特性や業務特性に合わせて、法定耐用年数の間、効用(品質)とコストのバランスを取ることができる状態である。

例えば、事務所の法定耐用年数は50年であり、病院は39年である。したがって、最低でも事務所ならば50年、病院ならば39年にわたって不具合のない状態を維持することが理想である。ただし、この理想的な状態を維持するために支払うコストに対する意識は、その施設の特性や業務の特性等によって大きく異なる。

コスト意識は次の3つのパターンに分類することが出来る。第1のパターンは、コストではなく効用を最大化することを目標とするもの(パターン1)、第2のパターンは、コスト・パフォーマンスを最大にするもの (パターン2)、そして、第3のパターンは、コストを最小化することを目的とするもの (パターン3)である。例えば、事務所と病院では、事務所はパターン3により近く、病院はパターン1により近いと考えられる。ただし、病院の中でも、手術室はパターン1、事務室はパターン2、倉庫はパターン3の状態で維持することが望ましいと考えられる。

実際の施設保持の状態

それでは現実はどうであろうか。現在建て替えられている公共施設の中には、耐震構造を満たしていないものが多いという特殊な要素はあるものの、一般的に30年を過ぎると「老朽化」したと言われ、長くても40年、45年程度で建て替えが行われているような印象を受ける。このように、耐用年数を満たす前に施設の建て替えが行われたとしても、法人税の支払義務のない官は、施設の減価償却を行う義務や、棄却する資産の簿価(民間であれば税法上の残存価値)の損金処理をする必要がなかったため、施設に関するライフサイクルコストの観念が欠如していた可能性がある。

理想の状態を阻む理由

そもそも、施設が法定耐用年数に満たないうちに建て替えなければならなくなってしまうのはなぜであろうか。それは、一般的に、政治的に新しい施設を整備することが優先され、既存の施設に対する適切な維持管理は後回しにされてきたからである。その結果、耐用年数を過ぎた設備を「だましだまし使う」ことが維持管理のひとつの方法になった。このように、耐用年数を過ぎた設備を「だましだまし使う」ことによって、実際には、維持管理費は増えていたはずであり、さまざまな問題が発生する可能性がある。しかも、最悪の場合には、他の設備まで致命的な影響を受けて、結果的に施設の耐用年数を満たさないうちに建て替えなければならなくなってしまう。たとえ管理の担当者が、大規模修繕の重要性を理解していたとしても、管理担当者には予算要求や執行面での権限は与えられていない場合が多く、適切な大規模修繕コストを支払いたくともその選択肢が取れなかった。

VFMの源泉はリスク移転にある

公共施設が耐用年数に達する前に建て替えなければならなくなるというリスクを官が取っていることを前提条件として民間へのリスク移転を検討する必要がある。施設設備の維持管理を専門としない官が施設の維持管理を行った場合に発生するLCC※1 (ライフ・サイクル・コスト)と、施設設備の維持管理を専門とする事業者に不具合リスク責任を含めて施設の維持管理を委託した場合の委託LCCを比較してみよう。専門業者の委託LCCの方が安いことが直感的に分かるのではないだろうか※2 。では、なぜそうなるのだろうか。

適切な契約期間

例えば、耐用年数が50年ある事務所施設で発生するリスクを事業者に移転する契約を考えてみよう。このような施設を整備し、そのサービスのパフォーマンスに応じて支払うPFIの場合には、最初に25年から30年の契約を締結し、契約終了後に必要に応じて投資を行い、事業者に不具合リスクを移転したまま、さらに20年から25年の契約延長をすることが望ましいと言われる。このように施設に生じる不具合リスクを施設のライフサイクルにわたって民間に移転することを前提にすると、そのリスクを民間がとりやすいように、施設の設計、施設整備、維持管理は言うに及ばず、施設に含まれる付属設備や器具備品の更新まで含めた業務を契約の対象とすることが望ましい。つまり、民間にリスクを移転するための適切な契約期間は、施設の構成要素の中で、耐用年数の最も長い建物躯体の耐用年数を前提とした長期契約※3であることが分かる。

耐用年数と事業年数の違いと事業者へのリスク移転

わが国のPFI手法は、事業期間中における支払の平準化が目的となっており、契約期間における施設整備費の支払いに焦点が当たっていることから、施設の耐用年数にわたるコスト総額には焦点が当たっていない場合が多い。したがって、施設整備と維持管理の総コストの算定をする場合に、事業契約期間中のキャッシュフローと、建物のライフサイクルコストに大きな差が出る場合があるので留意する必要がある。PFI事業の対象となっている施設の耐用年数は、一般的に、事業契約期間よりも長いため、ライフサイクルコストによって算定した事業コストと、事業期間中のキャッシュフローによって算定した事業コストに違いが生まれる。

図表は、3つのライフサイクルコスト曲線を描いたものである。LCC曲線(1)は、従来の公共調達の累積コストを記載したものである。施設整備のコストを最初に全額支払い、あとは施設を維持管理していくだけであるが、施設が老朽化するにつれてリスクが増えているため、ADIM曲線のADIの傾斜よりも、IMの傾斜の方が大きい。

LCC曲線(2)は、10年契約の日本版PFIである。従来の手法に比べて10年間の事業期間中のコストは下がっている(GD>GE)。しかしながら、事業者には契約期間終了後の責任を取る必要はなく、初期投資額を押さえて施設整備をすることが期待されているため、施設が老朽化した後のリスクは従来よりも大きくなると考えられる。このリスクの増大は、DIMの傾きよりもEHLの傾きが大きくなっていることで表している。その結果BEHL曲線は、X点の右側ではADIM曲線よりもLCCが上回る。

LCC曲線(3)は、民間事業者に適切なリスク移転が出来た30年契約のPFI契約である。リスクが移転できているため、支払は結果的に平準化され、CFJNとほぼ直線になっている。つまり、理想的な長期的施設保持の状態を表している。

リスク移転の有無がLCC曲線に与える影響

わが国のPFI事業の初期の段階で、あるゼネコンから次のような話を聞いたことがある。PFIのパートナーシップの考え方に基づいてよい施設をそれなりに安く提案していたが、価格の評価要素が大き過ぎるため、品質を落としてコストを大幅に下げる提案に勝てなかった。そこで、評価を上げるために品質を落として提案してみたら選定された。その結果、良い提案をしにくくなってしまったという。これは、笑い話ではなく、民間に移転するリスク・コストを含めたVFMを適切に評価することができていない日本版PFIの最も大きな課題のひとつである。

日本版PFI事業では、初期投資に必要なキャッシュを、複数年に分けることによって、事業の初期段階における支払の平準化に焦点が当たり過ぎている。したがって、従来官が取っていたリスクを民間に移転することによってバリューを生み出すことについて、十分な検討が出来ていないという課題があるのだ。

次回は、PFI事業におけるリスクの要素について説明しよう。

※1 施設の整備から施設の取り壊しまでの投資維持管理運営をリスク・コストも合わせて累計した事業関連費用の総額

※2 この専門業者に委託することによって、コストを削減し、サービスの品質を向上させるのは、アウトソーシングの基本的な考え方であり、PFI手法の考え方も同様である。

※3 例えば、廃棄物処理施設のように、施設の耐用年数が15年の場合には、長期契約期間は15年間を意味しており、すべてのPFI事業に汎用的な絶対年数があるわけではない。


熊谷 弘志氏

熊谷 弘志(くまがえ ひろし)

スペインESADE大学院国際経営修士(MIM)。英国で1998年よりPFI事業に従事。

2000年帰国後、監査法人系アドバイザリーファームを経て現職。著書に『脱「日本版PFI」のススメ』(日刊建設工業新聞社、2007)、『指定管理者制度−文化的公共性を支えるのは誰か』(共著/時事通信出版局・2006)、論文多数。
英国大使館主催PFIセミナー講師、慶應義塾大学大学院特別招聘講師(非常勤)。平成18年度内閣府PFI総合評価検討委員会委員、平成19年度自治体PFI推進センター専門家委員会委員、日刊建設工業新聞コラムニスト、公益事業学会会員、三田図書館・情報学会会員、OBAIESEC 理事。

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