前回まで、BPRと仕様書の関係について述べてきた。今回から公共リスクの民間移転とVFMについて述べたいと思う。リスクシリーズの第1回目の今回は、まず、リスクとは何か、リスク管理とは何かについて説明しよう。
世界中の官民いずれのセクターにおいても現在リスク管理の重要性が注目されている。
わが国においても、民間セクターでは、内部統制の法制化に伴い、企業リスク管理(ERM)がブームである。一方、公共セクターでは、リスク管理やリスクヘッジについて注目はされているものの、リスクを漠然と認識しているケースを目にすることが多い。
公共のリスク管理については、PFI事業などのNPM手法と同様に、英国が先進国である。それは、NPM手法を導入するに当たって公共リスクをどのようにして民間に移転するかの検討が進み、数多くの事例を通して官民の事業契約の中に従来の公共リスクを民間に移転する仕組が構築されてきたからである。
公共セクターが認識すべきリスクとリスク管理とは
リスクとは何か?
わが国では、リスクというと、「リスクヘッジ」や「リスク回避」などという言葉に代表されるように、そのネガティブな面に焦点が当たりすぎている 。※1
1999年に公表された英国財務省のPFIタスクフォースガイダンスでは、「リスクは“事業の目的を達成するに当たって生じる不確かな事象や状況”」として規定されていたが、2004年10月に同じ財務省が発行したThe Orange Book(リスク管理の理念と概念を記載した政策書類)によると、「リスクとは行動や行事に伴う将来の成果の不確実性であり、ポジティブなチャンス(機会)もネガティブな脅威のどちらも含まれたもの」であり、そして、そのリスクは、「何かが起きる可能性」と「もしそれが実際に起きたときの影響」の組み合わせによって評価できると定義されている。
この定義からリスクについての3つの特徴がわかる。
- リスクとは何かの行動を起こすことによって生じるため「何もしなければそこにはリスクは存在しない」 ※2ということ。
- リスクにはネガティブな面だけでなく、ポジティブな機会が含まれていること。
- リスクは定量化が可能であること
リスク管理とは、このようなリスクの特徴に基づいて構築された管理手法である。
公共のリスク管理手法
さて、このようなリスクに対してどのような対応をするかは、組織によって異なる。
従来、公共セクターのリスク対応方法には二つの極端な方法しかなかった。「全面受け入れ」と「全面回避」である。前者は、公共セクターとして行う必要があることにのみ集中し、その結果はすべて受け入れる。つまり、「リスクを容認する」もしくは「リスクを受け入れる方法」であった。ただし、この方法は、意識してリスクをとっていたわけではなく、単に楽観的に対処していただけであったとも考えられる。また後者は、公共セクターのリスク回避手法として意識的に使われる「リスクが発生する可能性がある行為そのものをやめてしまう方法」 ※3であった。
現在は、これら以外に、NPMの導入に伴って新しい2つのリスク管理方法が使われている。ひとつは、リスクを許容可能なレベルにまで低減する手段をとることによって、「“不確実性”を“便益を得るための機会”とみなす方法」であり、もうひとつは、「自分よりもリスク管理がうまい第三者にリスクを移転する方法」である。
以上から、資料1のように、リスク管理方法の分類の仕方が二つあることが分かる。ひとつは、内部管理か外部委託かによって分類する方法であり、もうひとつは、従来型かNPM型かによって分類する方法である。
【資料1】公共のリスク管理手法
民間のリスク管理手法
前述のThe Orange Bookでは、民間側の対応については触れていないが、それでは、公共からリスク移転のオファーがあったときに、民間事業者はどのように対処するであろうか。
民間事業者にも、公共と同様に4つの選択肢があるが、事業者には、これに加えて資料2で示したように5番目の選択肢がある。それは、「リスクを受身的に管理するのではなく、BPRによって積極的にリスクをネガティブな要素からポジティブな要素に変換する方法」である。リスク変換するために、民間事業者はプロセスの見直しをおこない、懸念するリスクが発生しないようにイノベーションを利用したり、ブレークスルーを導入したりする。民間資金を利用してVFMを生み出すPFI事業は、この民間事業者の積極的なリスク管理方法によって成り立っている。
【資料2】移管されたリスクに対して民間はどう対処するのか
英国政府の公共リスク管理指針
英国政府は、民間事業者がBPRを用いてプロセス見直しをするには、発注者である公共も、5番目の積極的なリスク管理手法を導入する必要があると考えた。そして発注者である公共がリスクを積極的に管理するための戦略を練り、戦略ユニット報告書「リスクと不確実性を取り扱う政府の能力を向上」を2002年11月に公表した。
この戦略は、資料3のように、最終的には「より良い意思決定」と「より良い成果の達成」を可能にするためにリスク管理枠組みを改善するというものである。具体的には、リスク管理戦略枠組みとして「リスク管理に必要なスタッフの役割及び責任を明確化」し、「目的と指針を明確化」したうえで、「リスクを考慮した意思決定の実施」、「リスク管理技術の確立」、「リスク管理のための組織編成」、「技術の発展」、「品質の確保」 ― 等のリスク管理能力を向上させることが出来れば、「変化を積極的に管理する新しい文化の創出」と「リスク及び不確実性に関する関係者とのコミュニケーションの改善」を確かなものにすることが出来、その結果としてより良い意思決定が可能になり、より良い成果が生まれるというものである。
【資料3】英国の「リスクと不確実性を取り扱う政府の能力向上」の枠組み
BPR&リスク移転型PFI手法
公共のリスクを民間に移転するPFI手法
従来、公債という資金調達手段を持つ公共セクターにおいては、利用者による利用料金負担で事業の独立採算が確保できる事業を含めて民間資金が利用されることはなかった。それは、民間資金によるコスト調達は、公債によるコスト調達よりも資金調達コストが高いため、公債と同様の割賦手法で利用すると、明らかにVFM(お金の生み出す価値)が低下することが明らかであったからだ。
前回記載したように、PFI手法とは「不具合なく施設が利用できる機能」と「施設に付随したサービスの適切な品質の維持」の要求水準を満たすことを条件として、「民間事業者の施設提供サービス及び施設に付随したサービス」を発注者である公共が購入するという手法である。
この公共のサービス購入契約を締結する際に、施設の不具合や、施設に付随したサービスの品質低下のリスクを民間に移転する支払メカニズムが構築できるので、民間資金を利用する意味があるのだ。具体的には、公共が要求水準とモニタリングシステムと支払メカニズムを連動させた事業枠組みを設定し、従来公共がとっていた施設不具合リスクや、サービスの品質低下リスクを民間に移転したいという意思表示を行い、民間が民間資金を利用してそのリスクをとるのである。
このような背景があるため、英国ではリスク移転テストと呼ばれる民間資金の利用根拠を検証する手続き※4がある。
岐路に立たされているわが国のPFI事業
平成19年3月5日現在で基本方針策定以降に実施方針が策定・公表された事業数が265件あるが、そのほとんどの事業においてリスク移転の仕組が構築されておらず、民間資金を使うことによってVFMを生み出す明白な根拠が見当たらない。そのためか、民間資金を使わないPFI事業 さえ出てきている。
PFIに積極的に取り組んでいる福岡市や仙台市は、事業破綻 や、施工不良による人身事故 などの問題がPFI事業で発生した自治体である。これは、本来PFI事業では回避可能であるはずのこれらの問題が発生したのが、日本版PFI事業にリスク移転の仕組が組み込まれていないことに起因していることが分かったからではないだろうか。
中でも、仙台市は2006年10月にPFI活用指針第三版を公表し、民間事業者の投資回収額部分の支払も、業績連動の対象として減額される可能性がある仕組を導入しており、既に「BPR&リスク移転型PFI」へ舵を切り始めた。地方自治体が日本型PFIの改革の必要性に気付き、世界標準へ方向修正し始めたのだ。
次回は、この世界標準になりつつある公共リスクの民間への移転とは具体的にどのようなものであるかについて触れることにする。
※1 平成13年1月22日に公表された内閣府の「PFI事業におけるリスク分担等に関するガイドライン」では、「選定事業の実施に当たり、協定等の締結の時点ではその影響を正確には想定できないこのような不確実性のある事由によって、損失が発生する可能性をリスクという」と記載されている。
※2 何もしないことによって、問題が生じることを不作為のリスクと呼ぶが、それはどう捕らえるのかという疑問に対しては、「その不作為は、既に行われている何かに対して必要であった作為をしないという判断をしたことによって生じた影響であることから、すでに行われていた何か、もしくは、既に行われていた何かに対して必要であった作為をしなかったことから生じたリスクである。全く何も行わなかったことから生じたリスクではない」と説明できる。
※3 前者は、公共セクターは保険をほとんど利用していなかったことに代表され、後者はひとつのセクションに長期間従事することにより業者との癒着や不正取引が生じるリスクを回避するために、ひとつのセクションに長期間従事させないという人事ローテーションに代表される。
※4 リスク移転テストを通過できなければ、事業計画は差し戻しになる。また、同テストを通過しなければ、PFIクレジットと呼ばれる補助金を受け取ることが出来ない。そのため、結果としてPFI事業には必ずリスク移転の仕組が組み込まれることになる。
※5 民間資金を使わないのになぜPFIと呼ぶのかは定かではない。この仕組は、従来手法による単なる業務改善とみなすのが適切ではないかと思慮する。
※6 2004年11月に福岡市の温浴施設PFI事業「タラソ福岡」が金融機関の事業介入がないまま事業破綻した事件をさす。
※7 2005年8月におきた宮城県沖の地震により、仙台市の温浴施設PFI事業「スポパーク松森」の天井が落下し、負傷者が出た事件をさす。
熊谷 弘志(くまがえ ひろし)
アビームコンサルティング株式会社 社会基盤サービス統括事業部 ディレクター
1959年福岡県生まれ横浜市在住。1984年青山学院大学経営学部卒業。1991年スペインESADE大学院国際経営修士(MIM)取得。大手ゼネコンで香港、ロンドン、スペイン、ウズベキスタン、ポーランド等での大型建設プロジェクトの経理・税務・法務担当。1998年同ロンドン駐在員事務所長就任以来、PFI事業に従事。2000年帰国後、外資監査法人系アドバイザリーファームを経て現職。著書に『指定管理者制度−文化的公共性を支えるのは誰か』(共著/時事通信出版局・2006)、論文多数。英国大使館主催PFIセミナー講師、慶應義塾大学大学院特別招聘講師(非常勤)。2006年度内閣府PFI総合評価検討委員会委員、日刊建設工業新聞コラムニスト、公益事業学会会員、三田図書館・情報学会会員、OBAIESEC 理事。