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指定管理者制度を通じた官民のパートナーシップの確立を目指して 松浦 年洋  船橋市企画部企画調整課(前・リハビリテーション病院整備室)副主査

前回までの議論の整理

これまで、「法律文化」における4回の連載を通じて、指定管理者を導入するに当たって、条例の改正等以前の「前提条件」として、自治体が実施すべき事項について検討をしてきた(資料1参照)。

以下、簡単にこれまでの議論を振り返ってみたい。

【資料1】船橋市立リハビリテーション病院におけるアプローチ

〔資料1〕船橋市立リハビリテーション病院におけるアプローチ

(1)第1回(指定管理者制度に関する現在の課題と今後の方向性について)

第1回では、指定管理者制度の趣旨は「住民価値」の向上のための手段であって、サービスの受益者である住民の視点に立って導入の是非について検討すべきであることを述べた。すなわち、行政側の都合(コスト削減等)を理由に、安易に指定管理者制度を導入するべきではないとする根拠についてご説明した。

(2)第2回(事業ミッション及びビジョンを明らかにする必要性と具体的なアプローチについて)

第2回では、制度趣旨を踏まえ、指定管理者制度を通じた住民価値向上のためには、自治体が「経営の意思」、すなわち自ら事業を成功へと導いていこうとする意思を持つべき必要性について述べ、指定管理者制度を導入するための「6つのステップ」についてご説明した(資料2参照)。このうち、最も重要なことは、事業ミッション及びビジョンを明確にすることであって、指定管理者制度を導入するか否かにかかわらず、その明確化が必要であることをお伝えした。

【資料2】指定管理者制度を導入するための6つのプロセス

〔資料2〕指定管理者制度を導入するための6つのプロセス

(3)第3回(事業戦略策定の必要性とバランススコアカードの活用について)

第3回では、ビジョン実現のための基本的な「事業戦略」を自治体が自ら策定すべき必要性について述べ、具体的な手法として、バランススコアカードの活用事例をご紹介した。事業戦略の策定については、「そこまで自治体がやるべきなのか」とのご意見もあろうかと思う。この点については、指定管理者制度において自治体(行政)がどこまで事業に関与すべきか、という論点として、後の回で改めて検討したいと考えている。

(4)第4回(評価・改善プロセスの必要性と具体的な手法について)

第4回では、事業戦略をあくまでもビジョン実現のための「仮説」であるとして、事業戦略の実施状況を監視し、継続的に評価・改善していく仕組みの必要性について述べた。この中で、PFI事業における「モニタリング」との比較を踏まえ、評価・改善プロセスは、「信賞必罰」的な考え方だけでなく、官民が目標を共有し、信頼関係を築いていくためのコミュニケーションツールとして機能すべきであるとの考えをお示しした。そのための具体的な手法として、戦略目標(事業戦略の策定に当たって洗い出しを行った、ビジョンを実現するための重要事項)に沿った評価尺度の設定方法やベストプラクティスを参考とした目標値の設定方法についてご紹介した。

指定管理者制度は、自治法では基本的な制度設計のみなされており、その運用は各自治体の裁量に委ねられている点が大きな特徴である。具体的なガイドラインといったものが存在しない中で、各自治体では、とにかく指定管理者制度へ移行させるための実務的な手続きに追われていたのが実状であっただろうと思われる。しかしながら、今後、指定管理者制度本来の趣旨である、支出コストを抑えつつ、住民サービスの向上を図っていこうとするのであれば、自治体と指定管理者との間で適切な役割分担をした上で、自治体が積極的な関与をしていくことが必要であると考えている。

そのためには、指定管理者制度の導入に当たって自治体がやるべきことは多いが、4回の連載を通じてお伝えした事項を適切に実施することによって、指定管理者制度の導入が「住民価値の向上」に貢献する可能性は飛躍的に高まるだろう。

前置きが長くなったが、本稿では、これまでの議論の整理をする観点からも、指定管理者の導入に当たって必要となる、条例の改正等について基本的な考え方を検討していきたい。

なお、本文中の意見にかかわる部分は、私の個人的な見解であり、私の所属する組織の見解ではないことをお断りしておく。

条例改正等の手続的意味合いと実質的な意味合い

指定管理者制度を導入するに当たっては、自治法に「条例で定めるところにより」と規定されている通り、条例の改正(あるいは制定)が不可欠であり、具体的には、「指定管理者の指定の手続」や「指定管理者が行う管理の基準」等を定める必要がある。このため、条例の改正等は、指定管理者制度を導入するに当たっての手続的なものとして認識されていると思われるが、私は条例の改正等に当たっては、自治法が要請する手続き的な意味合いだけでなく、実質的な意味合いからも検討すべきではないかと考えている。

実質的な意味合いとは、指定管理者制度の導入によって住民価値を損なうことのないよう、最低限の質的側面が担保される仕組みが必要であるということである。特に、本稿で事例としている病院の場合は、住民の生命身体に直接影響を与えることから、医療の質的担保が必要不可欠であり、病院の設置主体である自治体がこの点に関して積極的に関与する必要があると考えている。

前回(第4回「評価・改善プロセスの必要性と具体的な手法について」)でご紹介した通り、船橋市立リハビリテーション病院の事例では、目標の設定から評価・改善にいたるまでのいわゆるPDCAサイクルを条例に定めており、質的側面を継続的に担保する措置を講じている。条例の改正等は、言うまでもなく議会の議決事項であることから、条例の改正等に当たっては、議会に対する説明責任が果たされなければならない。本病院の設立に当たって条例を新規制定した経験から言えば、その際に最も重要なことは、やはり事業の質的な担保、さらには事業の継続性の2点に尽きるだろう。事業の継続性とは、指定管理者制度の基本スキームである指定期間という問題にどう取り組むかということであり、条例に定めるか否かに関わらず検討すべき重要事項となるものと考えている。

条例改正等のポイント

前述した条例改正等に当たっての2つの側面(手続的側面および実質的側面)を踏まえ、今回と次回の2回にわたって条例改正等のポイントとなる以下の事項について検討していきたい。

  1. 指定管理者の選定方法
  2. 指定期間と更新
  3. 自治法の要請を踏まえた必要的記載事項
  4. 事業報告
  5. その他

このうち、指定管理者の選定方法や指定期間については必ずしも条例事項ではない。しかしながら、これらは、条例に定めるか否かにかかわらず、条例の改正等に当たって基本的な考え方を整理しておくべき事項であり、本稿においては、この点についてまず検討したい。

1 指定管理者の選定方法

指定管理者の選定方法については、総務省では公募によることが望ましいと考えているようであるが、私は、必ずしも公募である必要はないと考えている。民間事業者の優れたノウハウを活用するためには、できる限り多くの民間事業者に対し提案の機会を設けるべきであって、当初の選定に当たっては、参入のためのハードルを低くすべきであろう。しかしながら、毎回、公募によって指定管理者を選定することが、果たして住民価値の向上につながるのだろうか。 事業を運営していく上で、ノウハウの蓄積や必要な人材の育成、あるいは地域との信頼関係の構築には長い時間がかかるはずである。指定期間が満了するたびに公募によって他の事業者を選定した場合には、こうしたノウハウ、人材、信頼関係をいったんゼロにしてしまうことに等しい。この点、規模の大きな自治体では公募によることを原則としているところが多いと考えられるが、短いサイクルで代替可能な事業でなければ公募による選定によってサービスレベルが向上するということはあり得ないだろう。したがって、ノウハウの蓄積や人材の育成といった時間的要素を考慮すべき事業の場合には、指定期間をある程度長くすることが必要になると考えている。

PFIの場合、事業期間が最長30年とされ、民間事業者の選定が施設と事業のライフサイクルに合わせて行われていることから、公募を原則としていることが参考になるだろう。

2 指定期間と更新

指定管理者制度では、事実上、委託先の法人や団体に関する規制が撤廃された一方で、指定期間を設け、事後チェックが必ず行われるように制度設計されている。指定管理者の指定は議会の承認が必要であることから、指定期間を設けることにより、新たに指定する際には必ず議会のチェックが行われるということである。

総務省が、公募による選定を原則としていることからすれば、サービスの質や効率性は、一定期間経過後に改めて公募により選定することによって担保されるものと考えているのであろう。みずほ総研の調査では、自治体が想定している指定期間として、3年から5年が最も多くなっており、実態としても同様であろうと思われる。

前述した通り、私はこうした公募による選定が必ずしも住民サービスの向上にはつながらないと考えており、ましてや3年程度の短期間では民間事業者の創意工夫によるサービスレベル向上の効果は限定されてしまうのではないだろうか。この結果として、民間事業者にとっては、主に人件費を抑えることによってしか、コストを削減する余地はなくなり、サービスの面では、運営ノウハウを蓄積し、創意工夫によってより良いサービスを提供する可能性は極めて低くなってしまう。

とはいうものの、他の施設の指定期間等との兼ね合いなど、個々の自治体ごとの事情もあるだろう。一つの考え方ではあるが、そうした事情から短い指定期間を定める場合には、公募を原則とするのではなく、むしろ更新を可能とすることを検討してはどうだろうか。一方で、事業のライフサイクルに合わせて、指定期間をある程度の長期とすることができる場合には、公募を原則とするのである。

自治法では、指定期間や選定方法についての定めはない。したがって、公募によらず既存の指定管理者を改めて指定すること、すなわち更新することも可能である。ただし、自治法に定める「指定の手続」に関する事項として条例にその旨明記すべきであるほか、無秩序に更新がなされることのないよう指定期間についても条例に定めるとともに、指定期間中の管理の実績を評価する仕組みを講じるなどの担保措置が必要となるだろう。 資料3は、こうした指定期間と選定方法との関係を整理したものである。実態としては、船橋市の事例を含めて、指定期間や選定方法を条例に定めている事例は少ないと思われるが、こうした基本的な考え方を明らかにすることによって、住民価値の向上に加えて、民間事業者に対するインセンティブにもつながるのではないかと考えている。

【資料3】指定期間と選定方法との関係

〔資料3〕指定期間と選定方法との関係

次回は、今回に引き続き、条例改正等に当たってのポイントについて検討していきたい。

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松浦 年洋氏

松浦 年洋(まつうら としひろ)

船橋市企画部企画調整課(前・リハビリテーション病院整備室)副主査

1969年生まれ。立教大学社会学部卒業。1993年船橋市役所入所。総務部職員課にて公益法人派遣制度の導入等に従事した後に厚生労働省(医政局指導課)出向。厚生労働省では、主に医療法人制度の見直しを始めとする医業経営改革に従事し、病院PFI、医療機関債の創設、病院会計準則の見直し等を経験。船橋市役所復帰後は、人事評価制度の見直し、お客様の声データベースの構築等を経て、船橋市が2008年開院を目指し整備を進めている「船橋市立リハビリテーション病院」の運営企画業務を担当。2007年4月より現職。

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