ベトナムの法形式を知る手掛かりは、96年11月12日に国会で採択された「法規規範文書制定法(Luat Ban hanh van ban quy pham phap luat)」がある。本法は、ベトナムの法形式、各種法規の起草及び制定の権限を知る上で重要な規定を置いている。ここでは、本法を中心資料として、憲法、国会組織法、政府組織法などの関連法も引用して、ベトナムの法形式について整理する。法規規範文書の制定権限を有する機関別に分類すると、次の通り説明できる。
(1)国会(Quoc hoi)及び国会常務委員会(Uy ban Thuong vu Quoc hoi) が制定する文書
ベトナムの国会は、一院制であり、その定例会期は年2回招集される。 また、国会議員は、全国普通選挙によって選出され、その任期は、5年である。憲法は、国会が任期中途で解散する規定を置いていない。
- 国会が制定する文書
イ 憲法(Hien phap)
ロ 法律(Luat)
ハ 国会の決議(Nghi quyet)
国会は、憲法及び法律を制定する唯一の立法機関である。上記の各文書がどの様な内容を規定するのかを以下に解説する。
憲法は、国の基本法であり、最高の法的効力を有する。他のすべての法規文書は、憲法に適合しなければならない。
法律は、内政、外交、社会・経済任務、国防及び国家安全の各領域に属する基本事項若しくは重要事項又は組織と国家機構の活動若しくは社会関係と公民の活動の主要原則を規定する。なお、この法律には、民法典や労働法典などの法典(Bo Luat)も含まれる。
国会の決議は、次に掲げる事項のために制定される。
- 社会・経済発展計画の決定
- 国家財政、通貨、民族、宗教、外交、国防及び国家安全に関する各政策の決定
- 国家予算の決定、分配及び調整並びに決算の承認
- 国際条約の批准
- 国会、国会常務委員会、民族会議、国会の各委員会及び国会代表の各活動制度の決定
- 国会の権限に属する他の問題の決定
- 国会常務委員会が制定する文書
ベトナムの国会常務委員会は、中国の全人代常務委員会に相当するものである。国会は、原則として年2回しか開かれないため、国会休会中に、これに代わる機関が必要となり、これに代わる機関が必要となり、その役目を果す機関が国会常務委員会である。国会の議長、副議長に選出された者は、それぞれ、この常務委員会の委員長、副委員長に就任する。国会常務委員会が制定する文書には、次に掲げるものがある。
イ 法令(Phap lenh)
ロ 国会常務委員会の決議
法令は、国会によって引き渡された問題に関して規定する。また、法令は、一定の施行期間を経て、国会が法律として制定することを審議し、かつ決定するために国会に提出される。つまり、法令は、暫定施行法的性格も有している。なお、法令は、憲法や法律の委任に基づいて制定されるわけではなく、国会の決議によって具体的に制定する法令の計画を引き渡される。
国会常務委員会の決議は、次に掲げる事項のために制定される。
- 憲法、法律又は法令の解釈
- 憲法又は国会若しくは国会常務委員会の法規規範文書の施行についての監察
- 政府、最高人民裁判所又は最高人民検察院の活動の監察
- 人民会議の活動に対する監察及び指導
- 総動員又は部分動員の宣言
- 全国又は地方の緊急状態の布告
- 国会常務委員会の権限に属する他の問題の決定
(2) 国会又は国会常務委員会の法規規範文書を施行するために、中央の権限を有する国
家機関(Co quan nha nuoc co tham quyen: 国家主席及び政府首相をも含む)が制定する文書
- 国家主席(Chu tich nuoc)が制定する文書
イ 国家主席の令(Lenh)
ロ 国家主席の決定(Quyet dinh)
国家主席は、ベトナムの国家元首であり、国内外にベトナムを代表し、国会によって、国会議員の中から選出される。
国家主席の令及び決定は、憲法及び法律に規定された国家主席の任務及び権限を実現し、及び行使するために制定する。例えば、憲法、法律及び法令の公布令や外国との二国間協定の批准の決定がある。
- 政府(Chinh phu)が制定する文書
イ 政府の決議
ロ 政府の議定(Nghi dinh)
政府は、国会の執行機関であり、ベトナムの最高行政機関であり、国会に対して責任を負う。政府首相は、国会によって、国会議員の中から選出される。政府は、首相、副首相、部長等で構成されるが、首相を除く政府成員(閣僚)は、国会議員である必要はない。政府首相は、政府成員名簿を国会に提出して承認を得る。
政府の決議は、次に掲げる事項のために制定される。
- 中央から基礎(地方又は部門の末端レベル)に至るまでの国家行政機構の設置及び強 化に関する具体的政策の決定
- 上級国家機関制定の各文書の施行に関する人民会議に対する指導
- 国家機関における憲法及び法律の施行についての保障
- 社会、民族及び宗教の各政策の実施
- 国家予算又は通貨に関する具体的方針及び政策の決定
- 文化、教育、医療、科学、技術又は環境保護の発展
- 国防及び国家安全の強化
- 国の対外工作、公民の適法な権利及び利益の保護措置又は国家機構における官僚主義 及び汚職の防止措置の統一管理
- 政府の権限に属す国際条約の批准
政府の議定は、日本の政令に相当する法規であるが、次に掲げるものを規定する。
- 法律、国会の決議、法令、国会常務委員会の決議又は国家主席の決定の施行細則
- 各部、部に相当する機関、政府に属す機関その他政府の権限により設立された機関の 任務、権限及び機構組織
- 政府の任務及び権限を実現するための具体的措置
政府の議定には、法律又は法令としての制定条件を満たさないけれども、国家管理、経済管理又は社会管理の要求を満たすために必要不可欠な事項を規定する議定もあり、その制定数は、膨大なものとなっている。この議定は、本来、行政管理活動に関する法規が念頭に置かれていたが、立法を急速に進めるため、法律又は法令で定めるべき内容を、政府が「議定」の名称で定め、その後、経験を経て条件が整ったときに、法律又は法令の形で制定する方式を採用する必要が生じた。しかし、この様な方式の採用は、国の最高立法機関である国会を形骸化する危険性を含んでいる。
- 政府首相(Thu tuong Chinh phu)
イ 政府首相の決定
ロ 政府首相の指示(Chi thi)
政府首相の決定は、政府の各首長の人事を決定し、政府の指導措置及び活動調整を決定し、又は中央から基礎に至るまでの国の行政システムを決定するために制定される。また、政府の各成員、省又は中央直轄市の人民委員会委員長に対する執務制度、その他政府首相の権限に属する事項を規定する。
政府首相の指示は、政府の各成員の活動に対する指導及び協力の各措置を規定する。また、政府首相の指示は、各部、部に相当する機関、政府に属す機関及び各級人民委員会に対して、国の方針、政策及び法律並びに政府の決定の実施における各部等の活動を督促し、かつ検査する内容も規定する。
- 部長(Bo truong)、部に相当する機関の首長(Thu truong co quan ngang Bo)及び政府に属する機関の首長(Thu truong co quan thuoc Chinh phu)が制定する文書
イ 部長(又は上記首長)の決定
ロ 部長(又は上記首長)の指示
ハ 部長(又は上記 首長)の通知(Thong tu)
部長等の決定は、直属の機関及び単位の組織及び活動に関して規定し、自ら責任を負う部門又は領域の標準、規程、規範及び業務完成の規定基準を規定し、又は自ら責任を負う部門又は領域における管理職能若しくは政府から引き渡された事項を実現するための各措置を規定する。
部長等の指示は、上級国家機関が制定し、及び自ら制定した法規規範文書の施行におい
て自ら責任を負う部門又は領域に属す機関又は単位の活動を指導し、督促し、協力させ、又は検査するための各措置を規定する。
部長等の通知は、自ら責任を負う範囲に属し、引き渡された法律、国会の決議、法令、
国会常務委員会の決議、国家主席の令若しくは決定、政府の決議若しくは議定又は政府首相の決定若しくは指示によって任務を引き渡された所定事項の施行を指導するために制定される。
- 最高人民裁判所裁判官会議(Hoi dong Tham phan Toa an nhan dan toi cao)が公布する文書
イ 最高人民裁判所裁判官会議の決議
最高人民裁判所裁判官会議の決議は、各裁判所に対して法規の統一した適用及び過去の審理の総括を指導するために制定される。
なお、最高人民裁判所長官及び最高人民検察院院長は、国会によって任免され、その任期は、国会の任期に従う。
- 最高人民検察院院長(Vien truong Vien Kiem sat nhan dan toi cao)が制定する文書
イ 最高人民検察院院長の決定
ロ 最高人民検察院院長の指示
ハ 最高人民検察院院長の通知
最高人民検察院院長の決定、指示及び通知は、各級人民検察院の任務及び権限の実現を保障するための各種措置その他最高人民検察院院長の権限に属す事項を規定する。
- 権限を有する国家機関間の、及び権限を有する国家機関と政治・社会組織(To chuc chinh tri-xa hoi)との合同文書
イ 上記国家機関間の通知
ロ 上記国家機関と政治・社会組織の決議
ハ 上記国家機関と政治・社会組織の通知
権限を有する国家機関間の通知は、次の2種類に別けられる。
- 各部、部に相当する機関及び政府に属する機関の間の合同通知は、当該通知に参加する各機関の職能、任務及び権限に関係する法律、国会の決議、法令、国会常務委員会の決議、国会主席の令若しくは決定、政府の決議若しくは議定又は政府首相の決定若しくは指示の施行を指導するために制定される。
- 最高人民裁判所と最高人民検察院との間の合同通知及び各部、部に相当する機関
又は政府に属する機関と最高人民裁判所又は最高人民検察院との間の合同通知は、訴訟活動における法規の統一した適用並びに当該通知に参加する各機関の任務及び権限に関係する事項を指導するために制定される。
権限を有する国家機関と政治・社会組織の中央機関との間の合同決議又は合同通知は、法規が当該政治・社会組織の国家管理への参加を規定している事項の施行を指導するために制定される。この政治・社会組織とは、具体的にどの組織を指すのかということについては、「国家財政の管理、予算作成、執行及び決算の細則を規定する1996年12月19日付政府の議定No.87-CP」第12条によると、「国家財政法」第11条所定の政治・社会組織とは、ベトナム祖国戦線、ベトナム労働総連盟、ホ−チミン共産青年団、ベトナム退役軍人会、ベトナム婦人連合会及びベトナム農民会を指す。
この政治・社会組織は、共産党の強力な指導下で各層人民に対する党の政策等の宣伝・教育等のオルグ活動を実施している。ベトナムは、各法の規定により、この政治・社会組織に行政的役割を持たせている。さらに、法案提出権及び審査権も与えている。
例えば、ベトナムの政治・社会組織であるベトナム労働総連盟は、ベトナム祖国戦線の成員組織であり、各企業の労働組合の総本部でもある。この労働総連盟は、「労働組合法」第5条によると、労働者の権利、義務及び利益に直接関連する問題を範囲として、法律及び法令の草案を国会及び国会常務委員会に提出する権利を有する。さらに、「政府とベトナム労働総連盟との新しい業務関係に関する規制」第2条によると、労働者に直接関連する法規文書の起草を主宰する各部、部に相当する機関又は政府に属する機関は、ベトナム労働総連盟主席の意見を聴取しなければならず、当該法規文書の草案もかかる総連盟主席に対して送付しなければならない。このように、ベトナムにおいては、政治・社会組織が立法過程に深く関与できる様になっている。
(3)人民会議(Hoi dong Nhan dan) 又は人民委員会(Uy ban Nhan dan) が国会、国会常務委員会又は上級国家機関の法規規範文書の施行のために制定する文書及び人民委員会が同級の人民会議の決議を施行するために制定する文書
イ 人民会議の決議
ロ 人民委員会の決定
ハ 人民委員会の指示
地方議会である人民会議は、当該地方の人民により選挙され、人民及び上級の国家機関に対して責任を負う。地方行政機関である人民委員会成員は、人民会議により、選出される。
(4) 法規規範文書制定法の規定に含まれない法形式及び法源
ベトナムの法規を日常的にフォローしていると、法規規範文書制定法で規定されていな
い「Cong van(公文書)」に数多く出会う。筆者が便宜上、公文書と訳出したCong vanは、政府が制定するものもあれば、各部が制定するものもある。この公文書には、内容からして、法規として扱わなければならないものが多くある。例えば、「議定No.59/CP第11条の国営企業の資金調達制限に関する規定の施行を暫定的に延期することに関する政府の公文書No.6755/KTTH」がある。これは、政府の議定である法規の一条文の効力を制限している公文書の例である。また、政府が下級国家機関からの政府制定法規文書の適用問題について回答する内容を有する公文書もある。
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