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米国特許弁護士 服部健一 |
新戦略 われわれは控え室へ入っていった。 「ケン、ヤツは本当に知らないと思うか?」 「いや、この特許で最大の焦点のところだし、手書きで挿入しているくらいだから本当に知らないことはないだろう」 「シュナイダーの作戦だろうな」 老練な弁護士の使う手であった。ベルベスコスも私もこれまでの経験から、彼らの今後の行動が予測できた。 「こうなると恐らくヤマザキ・メディカル社を退職した発明者達も全員同じ答えをするんだろうな」 「俺もそう思う」 「どうして逃げるんですかねえ・・・」 安斎弁理士は不思議そうに聞いてくる。 「まあ、デポジションでは真実を答えなければならないが、記憶にないことは答えなくてよいからな」 不思議がる安斎弁理士の質問に軽く答え、私はベルベスコスに向き直った。 「スペロ(ベルベスコス)、どうするつもりだ」 「証人の全員に徹底して同じ質問をするさ」 ベルベスコスにある考えが閃いたようだ。私に向かってニヤッと笑って言った。ベルベスコスの顔には自信が浮かんでいたが、私には一抹の不安が残っていた。彼の真意を確かめたかった。 「全員知らぬ存ぜぬと言い張ったらどうする?」 「それでもかまわないさ」 「特許の発明者が全員自分達の作ったクレームの内容を知らないと言い張ることになるのか」 「そうだ。法廷では絶好の証拠になる」 「その証言の記録を法廷で使うのか」 「そうさ」 ベルベスコスがさらに自信を深めたようにニヤッと笑った。 「それも手だな」 思わず私もつられて笑っていた。 「どういう意味ですか? 何がおかしいんですか?」 ベルベスコスと私がなぜ笑っているのか、理解できない安斎弁理士はしきりに聞いてくるが、じっくりと説明している時間はない。休憩はもう終わりに近づいていた。 「もうデポジションに戻らなければいかんな」 ベルベスコスが先に控え室を出て、大股でデポジションルームに向かって歩いて行った。ベルベスコスの後を追うように、安斎弁理士と私も控え室を後にした。 「ねぇ服部先生、あれはどういう意味なんですか?」 廊下を歩きながら安斎弁理士は聞いてくる。 「うん、後で説明しよう。もうデポが再開される」 期待していた答えを聞けなかったせいか、安斎弁理士はちょっと不満気な顔をしながら、デポジションルームに入っていった。 結局、山西氏は『about』に関する説明になると、まったく何も知らない、覚えていないと繰り返すのみであった。 山西氏が終了すると退職した発明者達のデポジションが始まったが、反応はまったく同じだった。しかし、それにもめげずベルベスコスは同じ質問を何度も繰り返していたが、ほかの発明者も知らぬ存ぜぬの一点張りだった。 シュナイダーはそれでいいんだとばかりニヤニヤと笑ってやりとりを聞いていた。彼の思惑通りにデポジションが進行しているといった満足げな笑みだった。こうして四日間の大阪領事館のデポジションが終わった。 「結局、何の答えも出なかったですね」 期待した回答が得られるものとデポジションの準備をしてきただけに、異なる結果に終わったことに、安斎弁理士はがっかりしたようだった。 「ああ、これはこれで大収穫さ」 途中から作戦を変更したベルベスコスはそんな彼を見て、なぐさめるでもなく、自分に言い聞かせるように、外人特有の大ぶりなジェスチャーを交えて言った。 「そうだな。使い方によっては大成功とも言える」 ベルベスコスの作戦を十分理解している私も大きくうなずきながら答えた。 まだ、新しい作戦を理解しきれないでいる安斎弁理士は、自分だけ理解していないことが悔しいようだ。 「へ〜、どうしてですか?」 「まあそのうちわかるさ」 軽くあしらわれたように感じたのか、安斎弁理士はますます不満顔をして見せた。彼が空手の名手であることを知っているベルベスコスは恐れるそぶりを見せながら弁明した。 「いや、ヨシ(安斎)、こういうことなんだ。まだ相手の法廷戦略がわからないからわれわれもこれをどう使えるかについては実のところ、確信はないんだ」 ベルベスコスのおどけたしぐさを見て安斎弁理士も破顔一笑した。 われわれはいいチームワークだと私は2人を見て感じた。 |
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