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カテーテル特許訴訟の逆転劇 米国特許弁護士 服部健一
米国特許弁護士 服部健一

大阪デポジション

 こうしているうちにヤマザキ・メディカル社の特許部員のデポジションが近づいてきた。彼らのデポジションは日本で行う。まず東京のアメリカ大使館のデポジションルームの予約状況を調べると半年先まで予約でいっぱいということだ。これではロケット・ドケットの訴訟にはとても間に合わない。そこで大阪のアメリカ領事館に問い合わせると数週間先に予約がとれたのでそこで行うことになった。

 英語の質疑応答を速記するコート・レポーターについては日本にもいないではなかったが、あいにく都合がつく者はいなかった。そこでインディアナポリスから連れて行くことになった。ワシントンD.C.からは私と安斎弁理士、それに通訳が行くことになった。なにしろこういう手配はすべて私に任せるとベルベスコスが言ったのだ。こういうようにこちらを信頼してくれると実に仕事がやりやすい。一つの理由はウィルソン社にとってこの訴訟は金の問題ではないほど重要なためだ。

 アメリカから成田空港へ行く間約12時間、そして新幹線で東京から大阪へ行く間もわれわれはデポジション対策を練っていた。最大の問題は「・・・最高でも約10°C」のうちの「約(about)」という用語をだれが、いつどういう理由で挿入したのかだ。

「ケン、やつらはこの点についてどう答えるだろうな?」
「そこは何とも言えないな、シュナイダー弁護士がどう自分たちの証人を教育しているかにもよる」
「もう何年も前のことだから、もし忘れたと言い張って黙秘を決め込んだらどうするかだ」
「ヤマザキ社の特許書類は入手しているからそれを見せれば、まったく忘れたでは通らないだろう」
「まあ普通はな、しかし老練なシュナイダーがいるからな」
「忘れたから答えられない、で通せるものなのですか?」
 若い安斎弁理士が興味津々に聞く。安斎弁理士は空手を相当やるとかで頑強なベルベスコスと馬が合っていた。
「お前の空手チョップを使って吐かせるか」
「使えるなら使いたいものですねえ」
 と手をさすりながら言う。
「怖いやつだな」

 巨体のベルベスコスが首をすくめて言うので大笑いになる。

 やがて新幹線は大阪へ到着した。翌朝10時に大阪領事館でデポジションが始まった。アメリカの領事館だが、アメリカ人が日本で弁護士活動するためには特別ビザが必要なのである。しかしこれは事前に私がベルベスコスに伝えてあったので彼は正式なビザを入手しており、問題なく入館できた。こういう些細な事をしっかりフォローしておかないと、せっかく日本に来てもデポジションはできなくなる。

 ヤマザキ・メディカル社の弁護士はシュナイダー弁護士だけで、リンダ・ケリー嬢の姿はなかった。私はちょっとがっかりしたが、これはベルベスコスも同じだったようだ。デポジションの最初の者は特許部員の山西氏であった。彼は極度の緊張のあまり顔がひきつっていた。「これはかわいそうに」と思い、何とか平静心で答えればいいんだ、と伝えたかったが私の立場上それはできなかった。山西氏以外にも特許部長や何やら数人来ていたが、皆同じように緊張している。やがてデポジションが始まり、ベルベスコスは山西氏に次々と質問していく。山西特許部員はトツトツと答えていたが、時折シュナイダー弁護士が、「オブジェクション!」とか「もう答えた質問だ(asked and answered)」等と横やりを入れる。どうも彼のオブジェクションは単なる時間稼ぎのようなものだった。




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