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2000.vol.2
新 知的財産ウォッチング
● ビ ジ ネ ス 特 許 ●
振譜 真朗

え?モーニングが特許?

 サラリーマン諸氏の中には毎朝なじみの喫茶店などでモーニング・サービスと称するセットメニューで朝食を済ましている人も多いのではないでしょうか。ところで、トマトジュース、トーストに茹で卵とお代わり自由のコーヒー又は紅茶といったセットメニューの組合せが特許になるかもと云ったら、殆どの人は「エッ、そんなのあり?。特許って電気とか機械とかコンピューターとか、何か技術に関係のある発明をしたときにとるものじゃないの?」と思われるでしょう。そう、それが正解。少なくとも現在の日本ではそれが健全な常識というものです。
ところが、その常識が常識でなくなるかも知れないような状況が出来てきたのです。すなわち、特許の世界で米国にビジネス特許という怪物が現れ我が国にもうろつき始めたという次第なのです。
それでは、ビジネス特許とはいったい何なのでしょうか。これはビジネス・モデル特許とかビジネス方法特許などとも謂われ、今のところ定着した明確な定義はありませんが、その目的、内容からみて「儲けを生み出す具体的な仕組み」と云えるし、その具体的な実施態様からみてコンピューターとネットワークを利用するビジネスのやり方」とも云えます。


ビジネス特許 米国例

では、具体的にはどんなものなのかみてみましょう。いづれも米国の例です。最初の例は、インターネットビジネスで最も成功した企業の一つプライスライン社の実施している「逆オークション」特許です。これは、顧客が自分の希望条件を仲介業者に申告し、仲介業者は複数のベンダーにその条件を伝達し、ベンダー各社は自社の見積もりを仲介業者に回答し、仲介業者はそれらを対比して顧客の希望条件に合致する商品があればそのベンダーと契約して顧客に連絡し、ベンダーからはコミッションをとるというものです。これを航空券の販売で示したのが 参考図1です。なお、この「逆オークション」特許の権利者は発明者であるジェイ・ウォーカー氏の率いる研究所「ウォーカー・デジタル」ですが、ウォーカー氏自らがPriceline−comを設立しこの特許をビジネス化して成功し、Forbes誌99年5月号で「現代のエジソン」と評され、また株式公開により76億ドルを手にしたといわれています。ウォーカー・デジタルはこの他にも既に250件以上のビジネス特許を申請済みで、うち14件は特許が成立しているとのことです。そしてプライスライン社はマイクロソフト社が導入した「Expedia」オンライン・ホテル予約


サービス・システムが「逆オークション特許」を侵害するとして99年10月に提訴しましたが、この特許についてはその有効性を疑問視する向きもあり帰 が注目されるところです。
 次の例は、ステート・ストリート・バンク(S.S.B)事件として有名な事例で、複数の顧客(スポーク)が保有する投資信託商品を一つの金融商品であるかの如く運用することにより資金の有効な運用や顧客の支払う手数料や税金を低減し得るというものです。これは93年5月に金融サービス会社のシグネチャ・ファイナンス・グループが取得した特許につ
き、世界最大の資産管理銀行といわれるS.S.Bがそのライセンス供与を求めたところ、シグネチャが拒否したため、S.S.Bは96年にシグネチャ特許の無効を訴える裁判を起しましたが、98年7月に連邦巡回控訴裁判所(CAFC)がこの特許の有効性を認める判決を出し、99年1月には最高裁もこの判決を支持して決着しました。もう一つの例は、これもインターネット・ビジネスで成功したネット書籍販売では全米最大のアマゾン・ドット・コムの「ワン・クリック特許」です。これはアマゾンのサイトで顧客が一度ショッピングすると、必要な情報がすべてアマ


ゾン側に記録され、次回以降は所要の商品名をマウスで一度クリックするだけで商品購入の手続が済んでしまうというシステムを開発し97年9月から商業的に実施したものです。一方、全米最大手の書店チェーンであるバーンズ&ノーブルのオンライン販売会社バーンス・アンド・ノーブル・ドット・コムは「エクスプレス・レーン」と称する簡易購入システムを98年5月から導入しました。アマゾンはその「ワン・クリック特許」が99年9月に認可されるや早くも翌10月にはバーンス・アンド・ノーブルを特許侵害で提訴し同時に侵害を中止させる仮差止め命令 を申立てました。そして12月1日には裁判所は差止めを命じたのです。この間何と41日というスピード審理でした。以上、3つの例を見てきましたが、これらはいづれもコンピューターとネットワークを利用するシステムの形で特許権を取得しております。特許はもともと新しくて進歩性のある有用な技術に対して与えれらるのが我が国の常識ですと冒頭に申しましたが、これは米国でも、いや世界中の常識であって、人為的な取決めや抽象的アイデアは特許の対象とならないことについては今までのところ争いはありませんでした。


 しかし、前述の3例は形式的にはコンピューターやネットワークを利用するシステムということで技術的発明のようにも見えますが、仔細にみてみるとコンピューターやネットワークは極めて当たり前の使われ方をしているだけで特に技術的な特徴があるわけではなく、結局、発明としての新しさや進歩性はビジネスの方法自体にしかないのではないか、事実、例えは前日の最初の例など、十分な儲けを生み出すように効率よく運用できるかどうかは別として、逆オークションのビジネスそのものは電話やファックスによっても実施できることは明らかです。
 一方、特許は技術的な発明に与えられるのが世界の常識といいましたが、実は米国の特許法には技術的な発明にしか特許を与えないとはどこにも書いてはないのです。ただ101条に、プロセス、機械、製造物および組成物が特許の対象(法定主題)となり得るものである旨の規定があるだけなのです。そして、第二の例でS.S.Bがシグネチャの特許は数学的アルゴリズムに関しまたビジネス方法に関するもので101条の法定主題に該当しないから無効であると主張したのに対し、CAFCはS.S.Bの主張を認めた地裁の判決を覆し、有用で具体的で、


かつ現実的な結果(useful concrete and tangible results)をもたらすものであればビジネス方法も法定主題の例外ではないし、数学的アルゴリズムでも法定主題たり得ることを判示したのでした。


ビジネス特許の認知と申請の急増
 これにより米国においてはビジネス特許は判例法上の認知を受けたことになり企業の関心が急激に高まりビジネス特許の申請が急増しているようです。かくして米国では98年には約1600件、99年にはそれ以上のビジネス特許が成立したといわれ、そのうちかなりの数の特許が我が国にも申請されたと云われています。
それでは我が国の状況は如何でしょうか。我が国では幸か不幸か世界の常識がチャンと法令に反映されております。特許は特定の条件を講じた有用な発明
に与えられること、発明とは自然法則を利用した技術思想の創作であることが特許法に明定されているのです。従って、特許は自然法則を利用した技術にしか与えられないことになりますが、この規定が実はコンピューター・ソフトウェアを特許で保護するについて大きな問題となりました。問題解決のために発明の定義の解釈について多くの議論、提案があり、また根本的解決のために定義を変えるか或いはなくしてしまうといった議論もありましたが、特許庁はこの問題を法律問題として真正面から取り組むことをせ


ず米国のソフトウエア保護の動向に追随しながら専ら審査のガイドラインの修正するという賢い方法で対応してきました。そして、現在は媒体特許という形式で実質的にソフトウエアを保護しています。
 しかし、米国ではS.S.B事件により数学的アルゴリズムにも特許が認められる可能性が出てきたことから早晩ソフトウエアそのものが認められることになるでしょうし、そうなれば我が国もそれに追随することは必定です。そして、ビジネス特許はコンピューターやネットワーク技術等のIT(情報技術)と深くかかわってお
り、ITの発展により如何なる抽象的アイデアも容易に具体化し得る状況になってきていることから、今後はまったくのアイデア勝負、早い者勝ちということになり企業の知財戦略は大きく見直しを迫られることになるでしょう。
ビジネス特許については我が国の立ち遅れが指摘されておりますが、企業も既に事の重大性は十分認識しており対応の態勢も整いつつあるようですからむざむざと米国企業に席捲を許すことはないでしょうし、我々素人も新しいモーニングサービスのセットメニューを考案して「儲


けを生み出す具体的仕組」として特許を取得し、一儲けすることも可能になるかも知れません。



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