↑What's New ←目次
2000.vol.1

「企業法務、行政法務の活性化に向けて」
<評論家>美浪 法子

  司法制度改革の落とし穴


 司法制度改革審議会設置法第2条第1項は、審議会の所掌事務につき「審議会は、二十一世紀の我が国社会において司法が果たすべき役割を明らかにし、国民がより利用しやすい司法制度の実現、国民の司法制度への関与、法曹の在り方とその機能の充実強化その他の司法制度の改革と基盤の整備に関し必要な基本的施策について調査審議する。」と規定する。同条項前段の「司法が果たすべき役割」とは、憲法学説が示すように、法の支配の理念に基づいた紛争解決機関としての役割だけでなく、消 費者訴訟、公害訴訟、知的財産権訴訟、労働訴訟、あるいは法的整備がなされていない分野に係る争訟につき、法の合目的的解釈や適正な資源配分を通じて解決を図る政策形成機関としての役割がある。
 21世紀はMega Competition(大競争)時代といわれ、情報・通信インフラの飛躍的進歩も手伝い、市民、企業の活動はますます活発になっていく。ところが、今までただの事実行為と目されていたものが、法の光が当たるようになると、法現象となる。そうなると、市民や企業が


法的な紛争解決の必要性を否応なく意識し、紛争は飛躍的に増大することが予想されるので、司法機能の強化に反対する者は一人もいない。
 しかし、来年の夏、司法制度改革審議会の答申に基づき裁判所の機能強化を目指したとしても、単なる裁判所改革にとどまり、同条項後段にある「国民がより利用しやすい司法制度の実現」を実現することはできない。それは、たとえ市民や企業が法的なサービスをうけ、市民生活や企業活動上発生した紛争を解決できたとしても、裁判所へアクセスしたり、
訴訟活動を行わなければならないなど余計な社会的費用が生じるので、市民や企業は司法制度がより利用しやすくなったと認識するとは到底いえないからである。
 「国民がより利用しやすい司法制度の実現」に関する「基本的施策」は、法曹の職場としての裁判所並びに訴訟システムの改革をめざすこととパラレルに、法曹、そして司法書士、行政書士など準法曹と呼ばれる専門家が裁判所外の日常社会で職域が拡大できる体制を築き上げ、法律の専門家が身近で活躍してい


ることを市民、企業が認識し、容易にしかも安価で利用できる制度の構築を骨格とすべきではないだろうか。
 以下、企業と行政機関を例にとりながら考えてみたい。


  企業の法務部には分野別の法律家が多く必要


 企業は、その組織規模が大きくなればなるほど、また活動範囲が広くなればなるほど法律案件が増大する。一口に法律案件とはいっても、通常の企業活動で考えられるような契約交渉、契約書作成、登記業務、行政文書作成、知的財産保護等に限らず、新規立法の解釈と企画・営業活動への適用といった場面でも想定されうる。
 かつて企業法務といえば、いかにして対外的に紛争を予防、回避し、社会的信用の失墜防止を図り、副次的な意味で訴訟維持に必要な経費を事前抑止
することを目的とする業務と考えられてきた。これは、企業法務の概念整理の中では予防法務と呼ばれる。しかし、元日本IBM常務の高石義一弁護士が指摘するように、これからの法務部は、企業内に潜伏するリーガルリスクを自らの手で積極的に発見し、解決を及ぼしたり、法的ノウハウを企画・営業に役立てるなどの積極的な任務(いわれる戦略法務)が期待されているのである。しかも、戦略法務をうまく立ち上げるためには、法律案件の分野毎に専門家を配置し、関連部門との連携をとるなどして、経営の


足枷とならないようにしなければならない。体制作りは決して楽とは言えないが、企業法務から戦略法務への転化が遂げられたときはじめて、企業はMega Competitionで勝ちぬく体力を得る。
 そのためにはどうしたらよいのか。膨大で、内容の複雑な法律案件を処理するために、弁護士、司法書士、行政書士、弁理士など様々な分野の士業が登録したまま企業の法務部に就職し、活躍することが望ましい。しかしながら、弁護士ですら、弁護士法第30条第3項によ
り、所属弁護士会の許可がなければ企業内弁護士として勤務することはできないので、日本企業にはほとんど法律専門家が在籍していない。日弁連にも正確な統計はないといわれているが、企業内弁護士の数は多く見積もっても50人程度にすぎないのである。
 従って、企業(もちろん中小企業も例外でない)が戦略法務の実現を通して、経営拡大を図っていくためには、 弁護士法の改正だけで済む話ではなく、各士業法の規定を丹念に見なおした上で、プログ


ラム規定的な表現で十分なので、企業に弁護士などの法律専門家を置くことを義務付ける必要がある。そして、その手段として司法制度改革審議会の第3回会合で慶應義塾大学の島田晴雄教授が提言した「分野別法曹資格制度」を実現し、企業で活躍させることを検討すべきではないだろうか。


  行政法務の不備


 法律文化1999年VOL.2トップインタビューでは、千葉県柏市の本多晃市長が行政法務への対応について、顧問弁護士に依頼するほか、日常の法律案件については総務部行政課で対応する旨答えている。即ち、市役所内に 弁護士を採用せず、行政相談等の窓口業務を通じて市民との間に法律案件が発生したときにはじめて職員が対応するということである。もっとも、行政機関における法務部門の不備は柏市に限った話ではないであろう。  そもそも地方自治体の内部でも、許認可、都市計画、商工経済、福祉、教育など無数の行政行為に関して、法律案件が存在する。そうだとすると、企業と同様、組織化された法務部門を設けるのが当然のことであるが、なぜ、行政機関には法務部が存在しないのか。
 それは、職員が法律案件をあくまで法的なものと認識できず、行政法務というものを全く概念化できないからであろう。あわせて、行政指導が一人歩きし、市民との法的関係を曖昧にしてきている。


 しかし、現実例をみれば行政法務の重要性は明白である。道路、下水道、公園などの整備を目的とする都市計画では市民の有する財産権との調整が問題となるし、市町村であれば介護保険制度の実施主体として、要介護認定をめぐるトラブルの処理を行ったり、他にも当該住民であることから当然に発生する法律案件は無数にある。
 また、例規の作成等、政策担当部門として行政法務スタッフは重要な役割を占める。
 結論として、都道府県に限らず市町村レベルにも、前述した分野別法曹が活躍する法務部門が必須と考える。
 果たして、司法制度改革審議会では、企業法務と行政法務の充実の必要性が喫緊の政策課題として認識されているだろうか。


←目次


↑What's New ←目次
2000.vol.1
Copyright 2000 株式会社東京リーガルマインド
(c)2000 LEC TOKYO LEGALMIND CO.,LTD.