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中国の国家制度の憲法的枠組み |
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弁護士 森川伸吾 |
中華人民共和国が成立した1949年から現在に至るまで,1つの臨時憲法(1949年の中華人民政治協商会議共同綱領)および4つの憲法(1954年憲法,1975年憲法, | 1978年憲法および1982年憲法)が制定された。現行憲法は1982年憲法であり、1988年、1993年及び1999年の3回にわたり一部の条項に改正がなされている。 |
現行憲法の第1条は、「中国は人民民主独裁の社会主義国家である」と規定する。 人民民主独裁(中国語では「人民民主専政」)とは、支配階級である人民が敵対階級ないし敵対勢力に対しては独裁を加え、支配階級内部においては民主を実行するという概念であり、これが中国の国体であるとされる。「人民民主独裁」という概念は中国特有のものであり、社会主義国の国体として通常採用される「無産階級独裁」を修正したものである。このような修正がなされたのには歴史的理由がある。中華人民共和国はその成立に際して民族資本家その他の非無産階級の支持をも受けたため、 |
国家成立初期においては、体制支持層を広く包摂する概念としての「人民」を国家の支配階級ないし主権者として掲げる必要があったのである。反革命闘争が終了して久しい現在、独裁の客体としての反革命・反体制勢力は「階級」としては存在しない。しかし現時点においても理論上、この「人民」は国民の全てを含むわけではない。例えば反体制活動家や社会主義制度を脅かすような犯罪者は理論上は「人民」の範疇には入らず、政治参加の権利を有すべきではないことになる。(但し、実際には犯罪を犯したことを理由に参政権を剥奪される場合を除き、反体制活動家や犯罪者も参政権を有する。) |
なお、中国においては天賦人権思想は否定されているが、これも「独裁の客体には権利を認めない」という思想と理論的に整合するものである。 このような国体概念を前提として国家の基本的政治制度(これを「政体」という)として採用されているのが「人民代表大会制」である。これは、人民が国家の全ての権力を有することを前提とした上、この人民が人民代表大会を通じてその権力を行使する(憲法第2条)という制度である。人民代表大会には地方各レベルの人民代表大会と全国人民代表大会があり、共に人民の権力を行使する機関であるため、国家権力機関と呼ばれる。 また、人民民主独裁の「民主」と対応して、 |
中国においては「民主集中制」が採用されている。民主集中制の主要な内容としては、(1)全国及び地方各レベルの人民代表大会は民主的選挙により形成され、人民に対して責任を負い人民の監督を受けること、(2)人民代表大会以外の全ての国家機関は全国人民代表大会又は地方各レベルの人民代表大会により組織され、それに対して責任を負うと共にその監督を受けること等が挙げられる(憲法第3条、第79条、第94条等)。 中国においては「反体制活動をする自由」は否定されているため、中国でいう「民主」は「多数決原理により意思決定を行なう」点に重点がおかれたものになっている。 |
また、中国においては権力分立制は民主集中制に矛盾する制度として否定されている。このように、中国における「民主」の概念は、市民の高度の政治的自由及び権力分立制を前提とした西側諸国における「自由主義的民主」の概念とは異なるものであり、「社会主義的民主」と呼ばれている。米中間で「民主」についての議論がかみ合わないのも、このような「民主」概念の差違に一因がある。 政党制度に関し、憲法前文においては中国共産党の政治面での指導的地位が明記されている。 共産党は政治に対する支配的影響力を事実上有するが国家機関ではなく、法的な意味での国家権力を行使するものではない。なお、共産党以外にも「民主党派」と呼ばれる八つの政党があるが、 |
これらは「共産党の指導を受け入れて共産党に協力する」という存在であり、共産党と対立するものではない。 ところで、1999年憲法改正においては「社会主義法治国家」という概念が強調された。これは「人治」から「法治」への流れを憲法上確認するものである。但し、この「法治」は,国家は国家権力が定めた法に従って統治されるという概念であり,国家権力を制限する「法」の存在を認める「法の支配」の概念とは別のものである。また、法の制定主体である国家権力は共産党により指導される存在である。したがって、この「法治」と「党治」(共産党による支配)は両立する概念である。 |
経済制度については、中国は社会主義国家であることから、「社会主義公有制を基礎とする経済制度」が採用されている(憲法第1条、第6条)。社会主義公有制とは、生産手段(土地、天然資源、生産設備など)を公有(国有または集団所有)にするという制度である。中国で土地の私有が一切認められないのはこのためである。中国の企業法(会社法を含む)においては「企業財産の所有権者は出資者であって企業ではない」という理論構成が一般的だが、これも公有企業が社会主義公有制の適用下にあることを説明するためである。 1993年の憲法改正により社会主義市場経済制が憲法に規定され、 |
これが社会主義計画経済に取って代わったが、社会主義公有制は依然として維持されている。これに関し、社会主義公有制の枠外にある私営経済、つまり、私有の生産手段による経済活動(私営企業や外資企業の活動はこれに該当する)は「社会主義公有制を補充する存在」であるという消極的位置づけが従来はなされてきたが、1999年の憲法改正により、「社会主義市場経済の重要な構成部分」であるとして積極的に肯定されるに至った。これは,私営経済(特に外資系企業による経済活動)が経済全体に占める割合が拡大しているという現状を追認するものであった。 |
現行憲法の規定する社会主義市場経済とは、このような緩やかな社会主義公有制を基礎としつつ、各経済主体間の取引については市場原理を導入するというものである。つまり、公有企業(国有企業及び集団所有制企業)間並びに公有企業と非公有企業との間で市場競争を行わせ、これにより、市場の力で資源配分の最適化を実現しようとするものである。 このような社会主義市場経済を実現するためには、市場の機能を強化する必要があり、それには公有企業に経営自主権を与えて、これに自由な商品取引を行わせ、 |
需給関係を反映した価格決定を実現することが重要となってくる。近年の中国では企業法制の改革、市場の管理に関する法整備、市場取引に関する法整備(その代表例が本年3月の契約法制定である)等が進められてきたが、これらには社会主義計画経済から社会主義市場経済への移行に対応するためという側面がある。また、国有資産管理に関する法整備も進められてきたが、これにも国有企業の経営自主権の拡大および非公有部門の増大に伴い国有財産の流出が問題になってきたことへの対策という側面がある。 |
なお、社会主義市場経済は経済に対する国家計画の参与を完全に否定するものではなく、現行憲法においても、国による国家計画の制定・実施は認められている。但し、国家計画は政府による経済のマクロコントロールを通じて実現することが原則となりつつあり、命令的な国家計画は縮小される方向にある。 |
1999年の憲法改正により、中国の社会主義初級段階が今後長期間続くこと,ケ小平理論を指導思想とすること,社会主義市場経済を発展させることなどが規定された。この改正の意義を理解するためには、1999年の憲法改正の背景及び「ケ小平理論」の概要を理解する必要がある。 1997年春にケ小平が逝去した後,同年秋の中国共産党第15次全国代表大会では,ケ小平理論がマルクス・レーニン主義および毛沢東思想に並ぶ中国共産党の指導思想(つまり国家の指導思想)として位置づけられた。これはケ小平逝去後も路線の変更がないことを確認・強調するものであった。 |
1999年の憲法改正はこれに対応するものであり,その主眼はケ小平理論の憲法における位置づけの強調にあった。一般にケ小平理論と呼ばれているものを一口で言えば「中国は社会主義国家であるが,生産力が低く歴史的発展段階としては社会主義の初級段階に位置している。そこでまずは経済建設による生産力向上が必要であり,中国的特色のある社会主義を樹立し,社会主義の現代化を実現しなければならない。」ということになる。このようなロジックの下、経済建設に必要であれば伝統的社会主義理論からの一定の乖離も「中国的特色」として許容されることになる。 |
このような乖離の中核が社会主義市場経済であり,これは「社会主義の根幹たる搾取の消滅は生産手段の公有により追求されるものであり,生産手段の公有制が社会主義経済制度の根幹である;計画経済か市場経済かは社会の資源分配の方法の問題にすぎず、経済制度が社会主義制度であるか資本主義制度であるかの問題とは関係ない;経済建設には市場経済の方が有効であるのでこれを採用する」というものである。 以上のようなケ小平理論は, |
1988年と1993年の憲法改正により憲法にほぼ織込み済みであった。1988年の憲法改正においては私営経済(私営企業等による経済)の存在・発展が認められ,1993年の憲法改正においては社会主義初級段階の理論,中国的特色のある社会主義建設の理論,社会主義市場経済の採用,改革開放の堅持等が憲法に盛り込まれていた。1999年の憲法改正はこのようなケ小平理論の今後長期にわたる維持を確認・強調するものだったのである。 |
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