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vol.4
特別寄稿
危機を繰り延べた米朝協議
――決め手は和平協定?
株式会社インサイダー代表 高野 孟 氏

 ベルリンで開かれていた米朝高官協議は,北朝鮮がミサイル発射を当面見 合わせる代わりに,米国が朝鮮戦争以来続けてきた経済制裁の緩和に踏み切 るとの合意を達成し,このため北の一方的なミサイル発射による混乱と危機 は取りあえず繰り延べられた.“当面”とはいつまでかということになるが, 北が少なくとも数ヶ月間,つまり年内は発射しないことは確実で, となると 冬から夏前にかけてはミサイル実験に向かない気象条件になるので,約10 カ月の猶予期間を得たことになる.
 その間に米国は,W・ペリー北朝鮮政策調整官による対北政策見直しに関 する最終報告書の提出を受けて,日韓両国との結束をさらに強め,また中国 の協力も求めつつ,和平協定の締結による包括的な問題解決と米朝国交正常 化に目途を立てようとするだろう.


 他方,中東では,イスラエルに和平推進派のバラク政権が登場してパレス チナとの対話が復活,9日に開かれたバラク・アラファト会談でイスラエル 軍の西岸からの追加撤退の日程や,パレスチナの地位を決定する交渉期限を 来年9月までとすることなどの合意が達成された.パレスチナの独立形態を 最終的に決定する期限を来年大統領選挙の2カ月前までにするよう働きかけ たのは,黒子として立ち回ったオルブライト米国務長官で, そこには,「ユ ーゴを空爆した大統領」としてよりも「中東和平を達成した大統領」として 任期を終えたいと思うクリントンの意向が反映していると見て差し支えない. 恐らく,「なぜ北朝鮮に甘い態度をとるのか」と共和党側から批判され続け てきたクリントンとしては,西方での中東和平と並行して東方での朝鮮和平 をも達成して,ゴア副大統領への政権譲渡のテコにしたいと考えているだろ う.


●北が一枚上手?
 北朝鮮が昨年夏に続いて2発目のテポドンを発射するのではないかとの懸 念が高まったのは,6月中旬に米国の偵察衛星が北朝鮮東北部の嶺底里で高 さ33メートルの発射台と見られる建設中の建造物を観測してからである.
 それ以後,米日韓3国の首脳や防衛当局者は事あるごとに発射が強行され ることへの懸念を表明し,またその場合に東アジアの安全保障および北と米 日韓の関係に重大な影響を及ぼすとの警告を発し続けた.
その流れの中で米 国は,今回のベルリン協議でミサイルの(1)予定された発射中止,(2)第3国 への輸出中止,(3)開発そのものの中止――の3段階のうちせめて(1)だけで も明文的な約束を北から取り付けることに全力を挙げた.結果的には,(1) の発射中止を「当面」という曖昧な限定付きで,しかも明文的でない口約束 で得ただけだった.


 もちろんそれとても,米日韓が結束して強い姿勢を示し,さらに中国,モ ンゴル,ASEAN諸国,EU外相会議までもが懸念を表して北包囲網を作り上げ たからこそ達成されたことであり,上述のように事実上,来年夏までの“交 渉の季節”を確保することが出来たわけだから,重要な成果には違いない. しかし北側から見れば, 最小の餌を投げただけで,米国の制裁緩和と当面の 食糧援助やKEDO(原子炉建設)の継続という大きな魚を釣り上げたことに なる.北の方が一枚上だったと言えるだろう.
 米側に反省すべきところがあるとすると,ミサイル発射について「大騒ぎ しすぎた」ということではないか.


 第1に,この間に北は「数ヶ月内に発射する」とは一言も言っていない. 6月中旬以降,北が直接間接にこの問題について発言したのは,
▼「第2弾の人工衛星打ち上げ準備は完了している」(北の当局者がピョン ヤンを訪れた明石康=元国連事務次長に,7月3日明石記者会見),
▼「ミサイルの開発,生産,試射は我が国の自主権の問題である」(朝鮮中 央通信,7月4日論評――その後も平壌放送などで同趣旨が繰り返された),
▼「日韓がミサイル問題を執拗に持ち出し,騒ぎ立てているのは,戦争挑発 の口実を作ろうとする不純な内心を表したもの」(朝鮮中央通信,7月21日 論評),
 くらいしかない.北にしてみれば,自分は何も言わないのに世界中が大騒 ぎし,「発射は1カ月以内だろう」「9月9日の建国記念日が危ない」などと 盛んに憶測を飛ばしているのを見るのは,自分の値段が勝手に吊り上がって 行くようで面白かったのではないか.


 第2に,米衛星が発見した33メートルの櫓はダミーだった可能性もある. 『コリア・レポート』の辺真一編集長が8月にソウルでインタビューした北 の元ミサイル部隊技術将校=安善国は「米国の衛星が撮影したものは99% 偽物だ.偽装のための偽の発射台を何カ所か作ってある.実際の基地は地下 200メートルものところにあり,発射台は普通で3〜4日,部品をすべて運 んで組み立てるだけならば5〜6時間で出来てしまう.それで,固定燃料な らばすべて装着した状態で運び出されるし,液体燃料でも6時間もあれば注 入は終わる」と語っている.どこまで本当かはともかく, 少なくとも発射台 建設の様子を何ヶ月も衛星観察に晒しておく必然性はなさそうである.
 第3に,仮に本当に発射したとしても,昨年夏の場合と同様,人工衛星の 打ち上げ実験である可能性が高く,別に日本なり米本土なりを狙ってミサイ ルを撃ち込もうというわけではない.もちろん誤射や失敗のためどこへ飛ん でくるか分からないという危険があり,またそれだけのロケット技術があれ ば攻撃用ミサイルを持つ能力があることの証左だから,人工衛星なら気にす ることはないとは言えないが,「明日にでもテポドンが撃ち込まれる」かの ことを言って騒ぐのは滑稽である.


 結局,米日韓側が不確かな衛星情報を元にいきなり最悪ケースを想定して 憶測をめぐらせ,マスコミがまたそれを面白おかしく何倍にも膨らませてセ ンセーショナルに報じるという繰り返しの中で,北朝鮮を必要以上に優位に 立たせてしまったと言える.


●難しい制裁緩和
 米国は,ここで制裁緩和のカードを切ったことで,また難問を抱えること になる.
 第1に,共和党が多数を占める米議会は,北がミサイルの開発と輸出を停 止しない限りいかなる経済制裁の緩和も認めないとする「北朝鮮脅威低減法 案」を上程しており,発射の当面中止の口約束くらいでは緩和措置を認めよ うとしないだろう.
 第2に,規制の内容としては,北の在米資産凍結,投資・金融取引禁止, 各種輸出規制,
それらの前提となる「テロ国家」指定などがあるが,資産凍 結解除と言っても金額はわずかだし,投資・金融取引を解禁しても民間企業・ 銀行が出て行きたがらなければ何の効果もない.テロ国家指定を外して貿易 制限品目を一部解除することは(議会さえ説得できれば)やれるかもしれな いが,これも売ろうとする米企業があり,北に買うだけの金がなければ成り 立たない.敵対関係を緩めるという政治的効果はあるかもしれないが,北に 目に見えた経済的メリットを味わわせるような実効をあげることはなかなか 難しい.


 第3に,そうだとすると,ミサイルの輸出と開発の中止にまで踏み込んだ 合意を達成することを急がなければならない.しかし,北は前からそれは主 権の問題であって「なぜ米国はじめどこの国でもやっていることを我が国だ けが禁じられるのか」と言っていて,それ自体は形式論理として正しいので, 説得は難しい. それでも北は,昨年来,どうしても輸出を止めろというなら その売上げに見合うだけの経済的補償をしろと言っているので,金さえ出せ ば止めさせることが出来るが,そんな支出を一体各国の議会は認めるのかど うか.しかも,輸出を停止しても開発は彼らの主権に属するからその後も続 けられることになる.


●4者協議の役目
 開発を止めさせるには,北の言い分に沿えば,現在すでに出来ている米中 南北4者協議の枠組みで38度線の「和平協定」が締結されなければならな い.これは至極もっともなことで,38度線が休戦ラインのまま北朝鮮軍と 米韓両軍がにらみ合い,その米軍が核ミサイル能力を備えているからこそ, 北はその脅威に対抗しなければならないのであって,和平協定が出来て相互 軍縮が進み,北にとってのその脅威が除去されれば, 北が人民を飢えさせて まで核とミサイルの開発に取り組まなければならない理由はなくなる.
 ところがこの交渉は,まだ本格的な議論の入り口にさえ達していない.北 は,そもそもあの戦争は北と米国の戦争であり,韓国は米の傀儡にすぎない という見方を変えていない上,当時の韓国の李承晩政権が休戦協定への署名 を拒否したという歴史的経緯からしても,韓国に当事者能力はなく,


和平協 定は実質的には米朝間で,形式的には北の支援者として参戦し休戦協定にも 調印した中国を加えた3者で,協議しなければならないと主張している.と ころが韓国にしてみれば自分抜きの協定など冗談ではないし,過去はともか く現実に韓国軍70万が38度線の正面兵力として北に対峙している以上,韓 国抜きで実効ある和平は達成されないと考えるのは当然である. 米国も韓国 の立場を擁護し,当事者である4カ国が和平協議のテーブルを囲むべきだと 主張している.
 このようにして4者協議が進展しないために,米国は,核疑惑にはKEDO と食糧援助で対処し,ミサイル発射には制裁緩和で応じ,さらにミサイル輸 入に踏み込もうとすればまた別の金を用意しなければならないという,ほと んど果てしない駆け引きに引き込まれている.


 北は北で図に乗って,ダダをこねるのが外交上手であるかに勘違いして, あれこれのカードを小出しにして出来るだけ抜本解決を先延ばししながら, 6月海戦のあと一方的に海上の休戦ラインを南に大きく拡大すると宣言して おいてこの件についても交渉相手は韓国でなく米国だと主張するなど,手持 ちのカードを増やそうとしている.
 こんなことをいつまで続けていても北に餌を食われるばかりであり,
おそ らく米国は今後1年間のクリントン任期中に一気に和平協議を打開すること を目指して,韓国との間で早急に方策を練り上げることになるのではないか. それが失敗に終わった場合,来年夏に3度目の“テポドン騒ぎ”が起きるこ とは避けられまい.日本はそれを米韓任せにして傍観者に留まっているのか どうか.


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