青森県弘前市生まれ。早稲田大学法学部卒。1979年東京中小企業家同友会に入局。2001年より現職。著書に、『21世紀型企業の環境保全戦略』(共著/水曜社・1996)。
はじめに
私たち中小企業家同友会全国協議会(http://www.doyu.jp/)は、中小企業経営者の個人加盟の組織で全国4万名の会員で構成している。「良い会社をつくろう」「良い経営者になろう」「良い経営環境をつくろう」という三つの目的を掲げ、企業の発展と中小企業の地位 向上をめざして日々研鑚している。このような企業経営の自助努力を前提として、金融問題などでも中小企業経営の立場から政策と提言を情報発信してきた。
1997年以降、中小企業は金融機関による「貸し渋り」「貸しはがし」を経験(当会アンケートによれば、5社に1社、大都市部では4社に1社が経験)し、私たちは行政の適切な対応を求めるとともに、金融機関との信頼関係づくりでも多くの教訓を得た。この取り組みの中で、金融問題の解決とともに、地域と中小企業を活性化させる有効な手段として「金融アセスメント法」の法制化を提唱するに至ったのである。
1.なぜ中小企業経営者が取り組むのか
「貸し渋り」等の金融問題は、この立法運動に取り組むきっかけではあったが、それだけではない。この金融アセスメント法には、中小企業経営者が置かれてきた長年の過重な負担と、不当な取引慣行の解決への願望が込められている。すなわち、企業維持の命綱である金融・資金繰りの苦労と、その際に事業性の評価による融資がほとんどなく、金融機関の多くが土地など物的担保を要求することが一つ。もう一つは個人保証など事実上の無限責任をほとんどの中小企業経営者が背負っているという事実である。
このような背景から、銀行の「貸し渋り」を経験していない多くの経営者も熱心に取り組んでいるのである。
中小企業が融資を受ける際、一般的には経営者の個人保証が要求され、経営が破綻して返済に窮した場合、保証追求により、財産のみならず生活そのものが脅かされるという深刻なケースも多い。特に、現行の保証制度では特定の債務を保証することを原則とするが、不特定債務を保証するとする包括根保証も存在し、無制限に責任を追及される危険性は計り知れない。これでは、事業を承継しようという者の腰が引けるのも、むべなるかなである。各方面 から期待されている日本の将来を担う起業環境(既存企業にとっては後継者問題)は、実はこのように「過酷」な問題と背中合わせにあることをリアルに認識している為政者は、いったいどのくらいいるのだろうか。
倒産法6条では、自由財産(差押禁止財産)の範囲を、[1]衣服、寝具、家具等、[2]食料、燃料(2ヵ月分)、[3]最低生活費(1ヵ月分=21万円)、[4]公的給付受給権等、と定めている。失業保険の給付を受けられない経営者が、このような最低限の財産で生活を維持できるだろうか。法制審議会において「担保・執行法制」の見直しが進められているが、再チャレンジができる社会づくりをめざした改正を望みたい。
予め断っておくが、私たちは個人保証や物的担保をとることをやめろと言っているわけではない。個人保証や連帯保証人を付け、自宅等の担保を出すというリスクを背負ってでも借りたいという経営の局面 はあるだろうし、そういうニーズもある。私たちは、金融機関が安易に保証人や物的担保に頼らずに融資できること、すなわち中小企業の潜在能力や事業性で評価できる判定能力を取り戻すことを主張しているのである。金融アセスメント法は、そのような融資姿勢を評価し、促すことにねらいがある。
2.「金融アセスメント法」とは
「金融アセスメント法」とは、個々の金融機関の営業実態を「地域への円滑な資金供給」や「利用者利便」の観点から公的機関が評価・情報公開をし、より望ましい形で金融取引を行っている金融機関を高く評価することによって、円滑な金融や問題のある金融慣行の是正、より望ましい取引ルールの確立を促そうというものである。
この法の柱は次の3点。
(1)金融機関の公共性を維持し、徹底させること。不当な「貸し渋り」や「貸しはがし」をなくし、地域や中小企業などの活性化のため、社会的に望ましい分野に資金を円滑に供給する金融の仕組みを実現することである。
(2)金融機関と借り手の取引慣行の歪みを是正すること。交渉力の乏しい利用者にとって長年歪められてきた金融機関と借り手との間の取引慣行の改善をめざす。物的担保優先主義や連帯保証を「当り前に」取られるなど借り手だけが一方的にリスクを負うことを改め、利用者の立場が尊重されるルールが必要であること。
(3)現行の裁量型金融行政を利用者参加型金融行政に転換させること。金融行政にかかわる情報はほとんど公開されずに監督官庁の自由裁量 でなされてきたことの限界が顕著になってきた。融資姿勢などをインターネットなど入手しやすい形で公開し、その公開データを参考に利用者が使い勝手の良い金融機関を選択したり、利用者の意見の反映ができる参加型の行政が求められている。
3.何をアセスメント(調査)するのか
それでは、どのような基準で調査・評価するのか。試案では下記の5つのカテゴリーで調査することを提案している。
(1)「地域貢献度」
・・・資金運用に占める地元貸出比率や取引率。地域貢献の状況。多数者利用の度合い(小口多数取引率)。自治体の制度融資取扱比率。
(2)「中小企業貢献度」
・・・金融機関が営業を行う地域での預貸率と当該地域での中小企業貸出比率。無担保貸出の比率。第三者保証付貸出の割合。融資申込みから融資実施までの平均日数。起業家や女性企業家、NPO等への融資実績。
(3)「地域住民貢献度」
・・・地域住民向け学資ローン、住宅ローンなどの所得階層別 構成と融資額。
(4)「取引公正度」
・・・利用者、融資先の利便性を高めるための努力や活動状況。銀行約定書などの改善の度合い。融資基準及び融資拒否理由の書面 通知の有無。苦情処理ルールの有無。
(5)「資金供給安定度」
・・・既存利用者の利便性を著しく害する本支店、出張所の移転・廃止の有無。融資額や融資条件の一方的変更の有無とその状況。 このような地域・中小企業への「お役立ち」の経営姿勢は金融の本来の理念に合致するものと言える。
4.具体的な仕組みはどのようなものか
以下の7点を法的に規定する。
(1)金融アセスメント委員会を設置すること(当会案では、都道府県ごとに地域・中小企業金融活性化評価委員会を設置し、その総合的な連絡調整のために全国委員会を内閣府の外局として設置)。
(2)アセスメント委員会は、「地域への円滑な資金供給」や「利用者利便」の観点から必要な情報を収集し、金融機関の活動について評価すること。
(3)アセスメント委員会が収集した情報(ただし公開するにふさわしくない一部の情報を除く)および評価の結果 を、評価対象金融機関に伝えるとともに、下記(4)の審査会の審査を経た後、金融システムの利用者たる国民に適切な方法で開示すること(インターネット等)。
(4)金融機関の活動に関するアセスメント委員会の評価について、その正当性を審査する審査会を設置すること。
(5)評価対象金融機関はアセスメント委員会の評価に不服がある場合には、審査会に再審査を要求することができる。
(6)評価対象金融機関が合併等の申請を行った際には、監督官庁はその認可の可否にあたって、アセスメント委員会の評価を考慮に入れるものとすること。
(7)アセスメント委員会は、評価の検討の際に必要に応じて地域住民が参加する公聴会を開き、利害関係人の意見を聞くことができる。また審査会は、評価結果 を開示後、当該金融機関の利用者から異議申し立てを受け、評価の見直しをすることができること。